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文献番号 2019WLJCC033
京都女子大学 教授
岡田 愛
一 はじめに
本件は、消費者契約法13条所定の適格消費者団体Xが、家賃債務保証業者Yを相手に、Yが使用している契約書の条項が消費者契約法に反していると主張して、当該条項を含む消費者契約の申込み又は承諾の意思表示の差止め、及び、当該条項が記載されている契約書ひな型が印刷された契約書用紙の廃棄を求めた事案である。
消費者契約法(以下、「法」という)に反すると指摘されたのは、①Yに、住宅等の賃貸借契約(以下、「原契約」という)を無催告解除する権限を付与する旨の条項、②Yが、原契約の無催告解除権を行使することについて、原契約賃借人に異議がない旨の確認をさせる条項、③Yが、原契約賃借人に対して事前の通知なく保証債務を履行することができるとする条項の他、④Yの原契約賃借人への事後求償権行使に対し、原契約賃借人及び連帯保証人が原契約賃貸人に対する抗弁を主張できない旨承諾させる条項、⑤一定の場合に賃借物件の明渡しがあったものとみなす権限をYに与える旨の条項、である。
大阪地裁は、条項⑤については、法8条1項3号に該当するとしてXの請求を認めたが、条項①~④については認めなかった。
本件条項をめぐる論点は多岐にわたるため、本コラムでは、契約当事者ではない保証業者に賃貸借解除権を付与することの妥当性や、無催告解除を定める条項の文言の解釈を示した、条項①に焦点を当てて検討する。
二 事実の概要及び条項①の判決要旨
Yは、住宅等の賃貸借契約(原契約)の当事者たる原契約賃貸人や原契約賃借人との間で締結する保証契約(本件契約)に基づき、原契約賃借人が原契約賃貸人に対して負う賃料等債務につき原契約賃借人のために連帯保証し、その対価として原契約賃借人から一定の保証料の支払を受ける業務を行う、家賃債務保証業を営む会社である。
Yは、本件契約において、13条1項で「丁(本件Y)は、乙(原契約賃借人)が支払いを怠った賃料等及び変動費の合計額が賃料3箇月分以上に達したときは、無催告にて原契約を解除することができる」(条項①)旨を含む本件条項を定めていた。このため、適格消費者団体Xは、Yに対し、本件条項は法8条1項3号又は法10条に該当し無効であると主張し、法12条3項に基づき、本件条項を含む消費者契約の申込み又は承諾の意思表示の差止め、及び本件条項が記載された契約書用紙の廃棄等を求めた。
本判決では、まず本件契約について「原契約(賃貸借契約)の存在を前提として、Yと原契約賃貸人との間で締結される連帯保証契約、Yと原契約賃借人との間で締結される保証委託契約、及び原契約賃借人のYに対する求償金債務に係る、Yと個人連帯保証人との間の連帯保証契約の複合契約である」と解し、本件契約には、解除権付与条項など原契約の帰趨そのものに関する条項が含まれていることなどから、「これらの条項は、原契約に基づいて原契約当事者が負う権利義務自体に変容をもたらすものであって、原契約の特約として位置付けられる」とした。
そのうえで、Yが無催告で原契約を解除することができる旨定めた条項①について、(ⅰ)本件解除権付与条項の解釈、(ⅱ)法10条前段該当性、(ⅲ)法10条後段該当性、を検討した。
大阪地裁は、(ⅰ)について、「最高裁昭和43年判決に判示されるように、不動産賃貸借契約における賃貸人による解除特約については、継続的契約の当事者間の信頼関係を基礎とする限定解釈を及ぼすことが一般的であることに鑑みると、本件被告解除権付与条項についても、家屋賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的契約であることを基礎とする信頼関係破壊の法理を前提としたものであると理解すべきである。したがって、本件被告解除権付与条項は、原契約賃借人が賃料等及び変動費の支払を賃料3箇月分以上怠り、これがため原契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合に限り、Yが無催告で解除権を行使することができる旨を定めた規定であると解するのが相当である」とする解釈を示した。
そして(ⅱ)について、原契約当事者でないYに無催告解除権を付与する点は、「民法541条又は民法上の一般的な法理と比較して、原契約賃借人の権利を制限するものといえ、また、原契約の債務の履行を怠ることにより、Yから解除権を行使される地位に立たされるという点で、原契約賃借人の義務を加重するものといえる」として法10条前段に該当するとした。
しかし、(ⅲ)法10条後段該当性についてはこれを否定した。すなわち、本件契約により、原契約賃貸人はYから保証債務の履行を受けることができるという点で賃料等の未払リスクを免れる一方、Yは原契約賃借人の賃料等の不払を補填し、かつ、原契約賃借人から求償債務の支払を受けられないリスクを負担しているという点をとらえて、「このような原契約賃貸人とYとの利害関係を修正し、原契約賃借人の一時的でない賃料不払が発生したときに原契約を継続させるか否かの判断及び決定権限を、原契約賃貸人だけでなくYにも付与することにより、Yが負担するリスクの一部を原契約賃貸人に負担させようとする」のが本件解除権付与条項であり、「Yは、原契約の当事者ではないものの、原契約から生じるリスクを負担するのであるから、このような立場にあるYに原契約の解除権を付与し、自らの負担するリスクをコントロールすることができる権限を与えることは、格別不合理なことではない」とした。また、原契約賃借人が、原契約当事者でないYの判断によって原契約を一方的に終了させられるという不利益を受ける点についても、「Yが無催告解除権を行使し得るのは、原契約賃借人が賃料等及び変動費について賃料3箇月分以上を滞納し、かつ、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められない事情が存する場合に限られる」という解釈を加え、無催告解除権が契約当事者でないYに付与されたことによる原契約賃借人の不利益は限定的なものにとどまるとして、法10条後段に該当しないと判示した。
三 検討
本判決は、保証業者に賃貸借契約の無催告解除権を付与する旨の条項について、その適用を先例に基づいて制限的に解釈し、法10条該当性を否定して有効とした事案である。
法10条は、前段で「法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」であること、後段で「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」を無効とすると定めている。法10条の前段と後段の関係について、判例および主な学説は、前段と後段いずれにも該当した場合のみその効力を無効とすると解しており、本判決も前段該当性を肯定したが、後段該当性を否定して、Yに無催告解除権を付与する条項を有効と判断した。しかし、後述のとおり、条項①は法10条に反し無効と解するべきであったと考える。以下、判旨に従い、(ⅰ)本件解除権付与条項の解釈、(ⅱ)法10条前段該当性、(ⅲ)法10条後段該当性、を検討していく。
1 本件解除権付与条項の解釈について
本判決は、最判昭和43年11月21日(民集22巻12号2741頁 WestlawJapan文献番号 1968WLJPCA11210001 以下、「昭和43年判決」という)に基づき条項①を制限的に解釈した。
昭和43年判決は、家屋賃貸借契約における、1箇月分の賃料の滞納を理由に無催告解除できるとする条項について、「賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることに鑑みれば、賃料が約定の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当である」として、一定の制限を加えつつも、無催告解除条項の効力を認めた事案である。Yは、この昭和43年判決を根拠に、条項①は制限的に適用される以上、法10条に反しない旨主張し、判旨でも、「最高裁昭和43年判決等を基礎とする一般的法理に照らした解釈であり、消費者契約法に基づく意思表示の差止めを免れるために恣意的にその適用範囲を狭めようとする事業者による目的論的解釈とは異なる」として制限的に解釈するべきとの判断を示した。
条項の文言以外の事情を考慮してその有効性を判断した事案として、保険料不払により生命保険契約が無催告で失効する旨の条項に関する最判平成24年3月16日(民集66巻5号2216頁 WestlawJapan文献番号 2012WLJPCA03169002 以下、「平成24年判決」という)がある。この事案では、無催告条項は法10条前段に該当するとしつつ、催告が債務者に契約が解除される前に履行の機会を与える機能を有する点に着目して、払込督促が実務上運用されているか否かを確認するよう差し戻した(差戻審では確実に運用されている旨確認されて、条項の有効性が認められた )。
確かに、無催告で解除されても不合理とは認められないような事情がある場合に適用場面が制限されるのであれば、原契約賃借人保護にもとることはないといえる。もっとも、実際に制限的に適用するか不明であり、この点につき判旨では、Yが家賃債務保証業者として国土交通大臣の登録を受けており、万一原契約賃借人の権利を侵害するとその登録取消等の不利益を受けることがその実質的な担保となることを述べている。そうすると、本件も平成24年判決と同様に、あくまでも制限的な適用が実質的に担保されている場合に限る趣旨であるといえ、その点、条項①についての本判決の射程範囲は、登録された保証業者との契約条項の場合に限定されると考えるべきである。
もっとも私見は、情報や交渉力の格差を是正し、消費者の保護に資することを目的とする消費者契約法の趣旨に鑑みると、一般消費者が条項の文言からは到底読み取ることのできない先例を加えて解釈をする本判決の解釈そのものに問題があると考える。一般消費者が条項①の文言を読んだ場合、3箇月分以上の不払により直ちにYが無催告で原契約を解除できると理解するのが通常であろう。とりわけ、直ちに賃貸借契約を解除されて明渡しを求められるのか否かという、権利義務に直接かかわる条項であることから、契約時において一般消費者がその適用場面を理解できるよう規定すべきである(法3条1項1号)。判旨で述べるように、高齢者等の住宅確保要配慮者の施策の流れのなかで、Yのような保証業者を適切に活用するというのであれば、なおのこと、解釈によらずに条項①が適用される場面を文言上明らかにしておく必要があると考える。
2 法10条前段該当性について
原契約賃貸借契約の当事者以外である保証業者に、賃貸借契約の解除権を付与することについて、本判決は「民法541条又は民法上の一般的な法理と比較して、原契約賃借人の権利を制限するものといえ、また、原契約の債務の履行を怠ることにより、被告から解除権を行使される地位に立たされるという点で、原契約賃借人の義務を加重する」として法10条前段該当性を認めており、この点妥当である。
他方で、無催告解除権については、条項①が催告をしなくてもあながち不合理とは認められない事情が存する場合に適用されることを理由に、法10条前段該当性を否定した。しかし、消費者に不利益が及ぶような形で、文言上読み取れない解釈を加えるべきではない。平成29年改正民法においても、履行遅滞を理由とする解除には催告が必要とされており、まして、居住用建物の賃貸借契約において無催告で解除されるということは、通常の賃貸借契約の解除よりも賃借人への影響が大きいことに鑑みれば、無催告解除権についても、法10条前段該当性を認めるべきであったと考える。
3 法10条後段該当性について
判旨では、Yは賃料等の不払の填補および原契約賃借人から求償債務の支払を受けられないリスクを負担していることから、原契約を継続させるか否かの判断及び決定権限をYにも付与することにより、Yが負担するリスクの一部を原契約賃貸人に負担させようとするのが条項①の趣旨であり、「自らの負担するリスクをコントロールすることができる権限を与えることは、格別不合理なことではない」として、法10条後段該当性を否定した。原契約賃借人が受けることになる、Yによって一方的に契約が終了させられるという不利益については、前述のとおり、解除されてもあながち不合理とは認められない事情が存する場合に制限される以上、その不利益は受忍せざるを得ない地位にあるので不利益は限定的であるとした。
しかし、Yのリスクコントロールを根拠に、法10条後段該当性を否定した点については疑問が残る。すなわち、Yは家賃保証を業とする会社であり、一定のリスクと引き換えに利益を得ることを前提としている。そのリスクは手数料や更新料名目で一定額の金員を原契約賃借人から受けとることや、原契約賃貸人に対する保証の上限をあらかじめ設定することで調整は可能であり、解除権を付与する以外の方法でもそのリスクは回避可能である。本事案でも、賃料相当損害金の保証範囲などについて上限を定めて契約をしており、無制限にYがリスクを負担するわけではないことを踏まえると、Yに解除権まで付与する必要性は低いと考える。判旨では、条項①を制限的に解釈して不利益は受忍せざるを得ないとするが、これは、Yの負担を軽減するために、賃貸借契約を一方的に終了させられる不利益を原契約賃借人に負わせることにつながる。原契約賃借人は、賃貸借契約締結時に指定された保証業者と契約をする以外に賃貸借契約を締結する方法はないのが通常であり、その際に賃料不払等の担保として賃貸人に敷金を収める以外に、保証業者にも費用を支払って保証委託契約を締結することを事実上強制されるのが現状である。このような力関係の格差を考えた場合、保証業者に無催告解除権を与えることは、法10条後段の「消費者の利益を一方的に害する」ものといえるのではないかと考える。
以上のとおり、条項①は、法10条に該当し、無効と判断するべきであったと考える。
(掲載日 2019年12月9日)