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判例コラム

 

第191号 法人税法132条の2の適用判断

~TPR事件(東京地裁令和元年6月27日判決)※1

文献番号 2020WLJCC003
関西大学会計専門職大学院
教授 中村 繁隆

1.はじめに

 TPR事件は、法人税法132条の2に関する最高裁判決(ヤフー事件※2及びIDCF事件※3。いずれも平成28年2月29日判決)後の初の事件である。本コラムでは、TPR事件の概要と争点を紹介した後、本判決で示された法人税法132条の2の適用判断について、若干のコメントを述べたい。

2.事実の概要と争点

 本件は、自動車部品等の製造及び販売を主たる目的とするTPR株式会社(以下、原告という)が、その完全子会社を被合併法人とする適格合併(平成22年法律第6号による改正前の法人税法2条12号の8)を行い、当該子会社が有していた未処理欠損金額を同法57条2項の適用により原告の欠損金額とみなして損金の額に算入して法人税の確定申告をしたところ、処分行政庁から、上記未処理欠損金額を原告の損金の額に算入することは原告の法人税の負担を不当に減少させる結果となるとして、同法132条の2の適用により更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、上記の損金算入を認めなかったことは違法であると主張して、これらの一部の取消しを求めた事案である。
  本件の争点は、2つである。第一は、特定資本関係が合併法人の当該合併に係る事業年度開始の日の5年前の日より前に生じている場合(以下、特定資本関係5年超要件という)、すなわち、法人税法57条3項の適用が除外される適格合併に当たる場合に、同法132条の2を適用することができるか否かである。第二は、上記第一が肯定されるとして、本件合併が法人税法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(以下、不当性要件という)に当たるか否かである。なお、本コラムでは紙幅の関係上、主として第一の争点を取り上げ、第二の争点については、後述の4.3において、紹介程度に留めることにする。
 第一の争点について、原告は「法人税法57条3項は、適格合併による被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎ(同条2項)に関する個別的否認規定の一つであり、同条2項に関する否認要件(及びその例外要件)を全て書き尽くしたものであるから、同条3項に規定された否認の要件を充足しない(否認規定の例外要件としての特定資本関係5年超要件を充足する)本件合併に対し、さらに一般的否認規定である同法132条の2を適用して本件未処理欠損金額の引継ぎを否認することが可能であるとする法解釈は、一般的否認規定につき過度に広汎で曖昧な解釈を許容するものであり、立案担当者の説明から読み取れる立法趣旨にも反し、また、課税要件が法令によって明確に定められることを要請する租税法律主義に反し、到底許容されるものではない」と主張する。
 一方、被告は「法人税法132条の2の文理解釈及び立法趣旨からしても、特定資本関係5年超要件を満たす適格合併に同条の適用が排除されると解すべき理由はなく、同法57条3項が想定する租税回避行為に該当しない租税回避行為については、法人税法上、同法132条の2を適用することが予定されているというべきであるから、同法57条3項の趣旨及び構造からしても、特定資本関係5年超要件を満たす適格合併に同法132条の2は適用し得ないと解すべきである旨の原告の主張には理由がない」と主張する。

3.第一の争点に対する判断

 東京地裁は、まず、「法人税法は、個別的な否認規定である同法57条3項の適用が排除される適格合併についても、同項の規定が一般的否認規定の適用を排除するものと解されない限り、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われたものと認められる場合には、同法132条の2が適用されることを予定しているものと解される」と述べ、法人税法132条の2に関する見解を示している。
 その上で、東京地裁は原告が法人税法132条の2の適用排除の論拠とする同法57条3項について、「法人税法57条3項は、同条2項に関する否認とその例外の要件を全て書き尽くしたものとはいえず、同条3項が特定資本関係5年以下の組織再編成と5年超の組織再編成を区別して規定しているからといって、特定資本関係5年超の組織再編成について一般的否認規定の適用が排除されているとはいえないから、原告の上記主張は採用することができない」と判示している。

4.本判決の検討

4.1.法人税法132条の2の立法趣旨に関して
 原告及び被告の主張のいずれにも、法人税法132条の2の「立法趣旨」という用語が用いられているが、両者の主張は相反する。これは、原告が法人税法132条の2の立法趣旨を「立法当時想定されていない行為の形態や方法による租税回避行為(のうち規制を及ぼすべきと考えられるもの)に対して適用すべきものである」と理解しているのに対し、被告が「税負担の公平を維持するため、組織再編成に係る租税回避を包括的に防止する規定として設けられたものである」と理解していることに起因している。そして、東京地裁は上記判旨の通り、被告と同様に理解したと考えられる。

4.2.法人税法57条3項に関して
 判旨で「法人税法57条3項は、同条2項に関する否認とその例外の要件を全て書き尽くしたものとはいえず」とあるが、これは誤解を招きかねない表現である。なぜなら、法人税法57条3項の課税要件に欠缺があるように読めるからである※4。東京地裁は法人税法132条の2の立法趣旨を上記4.1のように理解しているのであれば、同法57条3項は5年という具体的な年数を用いた、いわば‘Rule’の規定であるのに対して、同法132条の2は‘Rule’の規定ではなく、いわば‘Standard’の規定であると論じる方が論理的であったと思われる※5。換言すれば、法人税法57条3項の目的論的解釈では出来ないことを同法132条の2によって達成したと論じる方が論理的であったと思われる※6

4.3.第二の争点に関して
 本判決における不当性要件は、上記のヤフー事件において示された「濫用」の基準に従っている。ヤフー事件で示された「濫用」の有無は、当該法人の行為又は計算が不自然なものであるかどうか、当該行為又は計算を行うことにつき税負担減少以外の合理的な理由となる事業目的等が存在するかどうか等の事情を考慮した上で、税負担減少の意図、組織再編税制に係る本来の趣旨目的からの逸脱という観点から判断される※7。なお、税負担減少の意図は主観的内心(租税回避意思)ではないとされ※8、趣旨目的による解釈の危険性を避けるためには、立法資料の質及び量を体系的に改善することが大切であるとの指摘※9がなされている。

5.おわりに

 本コラム原稿の提出直前に、TPR事件の控訴審判決(東京高裁令和元年12月11日判決)の情報に接した※10。その情報によると、法人税法132条の2の適用判断それ自体の検討は、組織再編税制における基本的な考え方等を踏まえることから導かれるという※11。ここでいう基本的な考え方とは、組織再編成の前後で経済実態に実質的な変化がないと考え(いわゆる実質主義)、その場合には、当該組織再編成前の課税関係を継続させるという考え方をいう※12。そして、基本的な考え方等における「等」とは、支配関係にある法人間の適格合併には従業員引継要件〔法人税法2条12号の8ロ(1)〕及び事業継続要件〔同法2条12号の8ロ(2)〕を必要としているが、これらの要件は完全支配関係にある法人間の適格合併にも当てはまるとする考え方をいう※13
 原文未入手の状況であるため断言はできないが、東京高裁における法人税法132条の2の適用判断では、上記4.2で論じた東京地裁の判決文における「要件を全て書き尽くしたものとはいえず」という表現の代わりに、上記の基本的な考え方等を用いていると思われる。従って、東京高裁の判旨の方が東京地裁のそれよりも誤解を招かない点で評価できるであろう。ただ、東京高裁は上記の基本的な考え方等を用いていることから、上記4.2で述べた‘Rule’と‘Standard’の違いに関しては触れていないと思われる。


(掲載日 2020年1月20日)

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