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文献番号 2020WLJCC007
関西大学会計専門職大学院
教授 中村 繁隆
1.はじめに
ユニバーサルミュージック事件(以下、本事件という)は、フランスに本社を置くヴィヴェンディ・グループが実施した国際的な組織再編取引及び財務関係取引(以下、本件組織再編取引等という)に関連して、法人税法132条の適用が争点となった事案である。なお、本事件の当時、個別的租税回避否認規定である過大支払利子税制(租税特別措置法66条の5の2等。以下、同じ)が導入されておらず、課税当局が一般的租税回避否認規定である法人税法132条を用いて否認した事案であると考えられるため、その帰趨は大きな影響を与えるといわれている※2。現に本コラム執筆時において、すでに本判決に関する多くの評釈が存在する※3。
なお、本事件は国際的なグループ会社間での取引であることから、BEPS(Base Erosion and Profit Shifting.以下、同じ)への対抗という視点も欠かせないといわれている※4。そこで、本コラムでは、主にその視点から本事件に関する若干の考察を行うことにした。
2.事案の概要と争点
音楽事業を目的とする日本法人であるユニバーサルミュージック合同会社(以下、原告という)は、本件各事業年度(平成20年12月期から平成24年12月期まで)に係る法人税の確定申告において、同族会社である外国法人からの借入れ(以下、本件借入れという)に係る支払利息の額を損金の額に算入して申告したところ、処分行政庁が、同支払利息の損金算入は原告の法人税の負担を不当に減少させるものであるとして、法人税法132条1項に基づき、その原因となる行為を否認して原告の所得金額を加算し、本件各事業年度に係る法人税の更正処分及び平成20年12月期を除く各事業年度に係る過少申告加算税の各賦課決定処分を行った(本件各更正処分等)。原告は、上記借入れが原告を含むグループ法人の組織再編の一環として行われた正当な事業目的を有する経済的合理性のある取引であり、本件各更正処分等が法人税法132条1項の要件を欠く違法な処分であると主張して、被告を相手に本件各更正処分等の取消しを求めた。
本事件の争点は、本件各更正処分等の違法性であり、具体的には、法人税法132条1項の適用に関する次の2点である。第一は、法人税法132条1項にいう「その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」への該当性である。第二は、原告の本件各事業年度における所得金額及び納付すべき法人税額である。なお、本判決では、第一の争点における該当性が認められなかったため、第二の争点については判断が行われていない。
3.第一の争点に関連する双方の主張
本事件の重要な認定事実として、原告による本件借入れが、いわゆるデット・プッシュ・ダウン(debt push down.以下、同じ)※5と呼ばれる方式に伴って生じている点にあると考える。
この点に関し、原告は「いわゆるデット・プッシュ・ダウンの方式…による買収について、被告は経済的合理性があることを認めている。本件借入れ…は独立当事者間の経済条件で行われたものである以上、…本件借入れは、原告からみた場合、第三者間で通常行われるデット・プッシュ・ダウンの方式による買収と何ら変わりがない」と述べるなど、本件借入れには正当な事業目的を有する経済的合理性が認められる旨、主張する。
一方、被告は、ヴィヴェンディ・グループの財務の合理化が「ヴィヴェンディ・グループに属する者であれば間接的に享受することができる抽象的なものにすぎないし、現実には、実際に享受するかどうかも分からないものであ」り、「仮に、そのような利益が生じたとしても、原告にとっては、約866億円の負債のみが増加し、約300億円の余剰資金が失われるだけでなく、この資金の額を大きく上回る額の元金の返済が更に必要になるとともに、その負債に対する年数十億円もの巨額の利息を支払わなければならなくなるという犠牲を払うこととなるのであるから、原告の主張するような…間接的かつ抽象的な利益が原告の犠牲を上回るとは到底いえない」と述べるなど、本件借入れには正当な事業目的を有する経済的合理性が認められない旨、主張する。
4.第一の争点に対する判断
東京地裁は、本件借入れに正当な事業目的を有する経済的合理性があるのか否かに関して、「〔1〕原告による本件借入れが行われる原因となった、ヴィヴェンディ・グループが設定した本件8つの目的※6は、日本の関連会社に係る資本関係の整理や、同グループの財務態勢の強化(グループ内における負債の経済的負担の配分、為替リスクのヘッジに係るコストの軽減)等の観点からいずれも経済的合理性を有するものであり、かつ、これらの目的を同時に達成しようとしたことも経済的合理性を有するものであったと認められ、〔2〕本件再編成等スキームに基づく本件組織再編取引等は、これらの目的を達成する手段として相当であったと認められ…〔3〕本件組織再編取引等によるこれらの目的の達成は原告にとっても経済的利益をもたらすものであったといえる一方、本件借入れが原告に不当な経済的不利益をもたらすものであったとはいえない。
そうすると、原告による本件借入れについては、法人税の負担が減少するという利益を除けばこれによって得られる経済的利益がおよそないとか、あるいは、これを行う必要性を全く欠いているなどということはできないから、専ら経済的、実質的見地において、純粋経済人として不自然、不合理なものとはいえず、したがって、経済的合理性を欠くものと認めることはできない」と判示した※7。
そして、東京地裁は、「本件においては、法人税法132条1項にいう「その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に該当するということはできないから、これに該当することを前提としてされた本件各更正処分等はいずれも違法である」と判示した。
5.本判決の検討
5.1.本判決の位置付け
本判決における法人税法132条1項の不当性要件の判断基準は、先例(最判昭和53年4月21日※8等)に沿ったいわゆる経済的合理性基準に加えて、従来にはない視点が取り入れられている※9。従来にはない視点とは、例えば、不当性要件の検討の結びである上記判決文の「原告による本件借入れについては、法人税の負担が減少するという利益を除けばこれによって得られる経済的利益がおよそないとか、あるいは、これを行う必要性を全く欠いているなどということはできない」の箇所をいう※10。
また、本事件が多国籍企業グループにおける組織再編取引という点から、その点において共通するIBM事件(東京高判平成27年3月25日※11。最高裁の不受理により確定。以下、同じ)で判示された法人税法132条1項の不当性要件の判断基準との関係を論じる評釈がある※12。但し、本判決は、IBM事件について触れていない。
さらに、本判決では法人税法132条1項が争点であったが、本事件で原告の行った「本件一連の行為※13」の中に「本件合併」が存在する関係で、組織再編成に係る一般的租税回避否認規定である法人税法132条の2における不当性要件の判断基準を併せて論じる評釈がある※14。
5.2. BEPSへの対応という視点からの考察その1-デット・プッシュ・ダウンに対する本判決の評価
太田洋弁護士は、本判決がBEPSの事例として取り上げられるデット・プッシュ・ダウンをcapital allocationのための手法として好意的に評価していると指摘する※15。私見としても、判決文に「多額の営業利益を計上している日本法人に負債を負わせれば、これにより日本法人の法人税の負担も減少することとなるが、税務上の目的と財務上の目的とは別個のものであり、…財務上の観点から日本法人に負債を負わせることが不合理といえない以上、法人税の負担の減少という税務上の効果が併せて得られることをもって、かかる財務上の目的による行為の経済的合理性が否定されるものではないというべきである」と述べられている点などから、太田洋弁護士の指摘に賛成である。
ところで、ここで1つ疑問がある。それは、東京地裁が本事件におけるデット・プッシュ・ダウンの合理性を積極的に認めた理由である(判決文からはその理由が明らかではないと思われる)。1つの意見として、太田洋弁護士は、本事件当時のわが国の税制上、当該取引を妨げるような個別的租税回避否認規定がなかったためではないかと推察されている※16。それによると、本事件当時、国境を越えた利払いによる課税ベースの浸食に対する個別的租税回避否認規定としては、移転価格税制(租税特別措置法66条の4等)、過少資本税制(租税特別措置法66条の5等)、タックス・ヘイブン対策税制(租税特別措置法66条の6等)が置かれていたが、いずれも本事件では適用されないケースであったという※17。すなわち、本事件当時、デット・プッシュ・ダウンを完全に適法に実行することができたという事情を東京地裁が踏まえていたためではないか※18 、という意見である。なお、東京地裁は、個別的租税回避否認規定が存在するような場合でも、法人税法132条1項の適用が一律に排除されるものではないという考え方を暗黙裡に前提としていると思われる※19、と太田洋弁護士は述べている。
5.3.BEPSへの対応という視点からの考察その2-過大支払利子税制
鈴木修教授は、デット・プッシュ・ダウンを含む本件組織再編取引等が合理的であると認定された場合、過大支払利子税制のような個別的租税回避否認規定で対応するしかないと述べている※20。私見としても、法人税法132条1項の経済的合理性基準を満たす以上、租税法律主義の観点から同意見である。
ただ、本事件が過大支払利子税制「改正以前の案件であるため税制改正以前には特段問題にはならないと考えることも可能であろうし、税制改正以前からも租税回避の一類型と考えられており税制改正によって確認的に明文化されたに過ぎないと考えることも可能であろう※21」という意見がある。しかし、過大支払利子税制が創設的規定ではなく、確認規定であるとされるためには、それを証する議会資料等が必要ではなかろうか。本事件において、課税当局が過大支払利子税制ではなく、法人税法132条1項を用いて否認を行っている点からも過大支払利子税制が確認規定であることを立証できなかったのではないかと推察する(あるいは、課税当局は、過大支払利子税制の適用可能性それ自体をそもそも検討していなかった可能性もある※22)。
6. おわりに
本コラムでは、BEPSへの対抗という視点から若干の考察を行った。その考察から得られた私見としては、法人税法132条1項の不当性要件の判断基準、すなわち、経済的合理性基準による解釈論では、本事件では対応が難しいのではないか、という点である。なぜなら、課税要件明確主義といった租税法律主義の観点から、法人税法132条1項の適用に限界があると考えられるからである※23。また、より根本的な理由として、法人税法132条1項とBEPS防止規定(例えば、過大支払利子税制)との目的の違いもあると考える。なぜなら、前者は同族会社と非同族会社との課税の公平を目的とする一方、後者は多国籍企業によるアグレッシブなタックスプランニングに対して、経済実態として付加価値を産んでいる国の課税ベース浸食への対処を目的としているからである。控訴審の判断が待たれるところである。
(掲載日 2020年3月16日)