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文献番号 2020WLJCC008
明治大学 教授
野川 忍
1.はじめに
労契法17条1項は、有期労働契約においては使用者による解雇は「やむを得ない事由がある場合でなければ」できないことが明記されており、右事由に該当すれば当該解雇は無効となる。本件で問題となったのは、その場合の当該労働契約の帰趨であり、解雇が無効とされた場合でも当該期間が満了したことによりその時点で労働契約が終了するのか、あるいは更新されたものとして扱われるのか、後者の場合であってもその後はどうなるのか、等については、実定法の規定が存在しないだけでなく、定着した判例法理もいまだに確立されていない。本件は、この点に関する最高裁の判断を示した点に最大の意義があるが、残された問題点も多く、今後大いに議論を呼ぶものと思われる。
2.本件の概要
被告・上告人Yは、ビルの管理や保安警備業務及びこれに付帯する事業を目的とする株式会社であり、原告・被上告人Xは、平成23年よりYに期間を1年とする労働契約により雇用された労働者で、その後3回の期間更新を経て解雇された者である。
Yは、A市より指定管理者としての指定をうけていくつかの会館を管理し、それぞれの会館に、館長、副館長はじめ何人かのスタッフを配置していたが、Xはそのうちの一つの会館の受付担当の契約社員として平成22年に採用され、当初は契約期間を平成22年4月1日から同23年3月31日までとされ、その後4回にわたって同じ内容で更新された。Yが発行した労働条件通知書には、勤務場所及び業務内容につき、業務上の都合により異動、変更することがあるとの記載があった。
平成26年5月に、YはXに対し、他の会館の受付への配転を命じたが、Xは、自分がパワハラを受けた加害者が常駐する勤務場所に異動するのは承服しかねるなどと抗議した。Yはこれに対し、パワハラは認識していないなどとしてあらためて配転命令の辞令書をXに交付したが、Xは配転先に出勤せず、結局Yは、平成26年6月6日、就業規則の解雇事由を明記したうえで、同月9日付でXを解雇し、解雇予告手当を支払う旨を通知した。これに対しXが、本件解雇の無効を前提に、契約上の地位の確認と未払賃金及び遅延損害金の支払を求めて訴えを提起した。
3.地裁の判断
第一審(福岡地小倉支判平29.4.27WestlawJapan文献番号2017WLJPCA04276035)は、本件解雇には、労契法17条の「やむを得ない事由」があるとは認められず、解雇は無効であるとしたうえで、「Yが本件解雇以外に本件労働契約の終了原因を主張しない以上、Xは、雇用契約上の権利を有する地位にあるものというべきであり、Yは、Xに対し、本件労働契約に基づいて、本件解雇以降の未払賃金及びこれに対する各支払日の翌日から商事法定利率による遅延損害金の支払をすべきことになる」と述べ、Xの請求をすべて認容した。また原審(福岡高判平30.1.25WestlawJapan文献番号2018WLJPCA01256020)も、基本的に第一審と同様の判断に基づき、控訴を棄却したが、最高裁によれば、Yが、本件労働契約が契約期間の満了により終了したことを抗弁として主張する旨の記載がされた控訴理由書を提出したところ、原審福岡高裁はこれを時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして却下したことが示されている。
4.最高裁判決の概要
最高裁は、原審の判断のうち、本件解雇が無効であるとの判断は認めつつ、原審が契約期間の満了により本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断せずに地位確認請求と賃金支払請求を認容した点を退け、以下のように述べて本件を原審に差し戻した。
「前記事実関係等によれば、最後の更新後の本件労働契約の契約期間は、Xの主張する平成26年4月1日から同27年3月31日までであるところ、第1審口頭弁論終結時において、上記契約期間が満了していたことは明らかであるから、第1審は、Xの請求の当否を判断するに当たり、この事実をしんしゃくする必要があった。
そして、原審は、本件労働契約が契約期間の満了により終了した旨の原審におけるYの主張につき、時機に後れたものとして却下した上、これに対する判断をすることなくXの請求を全部認容すべきものとしているが、第1審がしんしゃくすべきであった事実をYが原審において指摘することが時機に後れた攻撃防御方法の提出に当たるということはできず、また、これを時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして却下したからといって上記事実をしんしゃくせずにXの請求の当否を判断することができることとなるものでもない。
ところが、原審は、最後の更新後の本件労働契約の契約期間が満了した事実をしんしゃくせず、上記契約期間の満了により本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく、原審口頭弁論終結時におけるXの労働契約上の地位の確認請求及び上記契約期間の満了後の賃金の支払請求を認容しており、上記の点について判断を遺脱したものである。」
5.最高裁判決の意義
① 期間の定めのある労働契約に関し、期間途中の解雇の有効性を争う訴訟では、当該解雇について労契法17条1項の「やむを得ない」事由が認められるか否かが主要な争点となることが通常であり、解雇無効の判断が確定した場合の当該労働契約の帰趨については本格的な議論は行われてこなかった。すなわち、本件において当事者、裁判所の双方に混乱が生じているように、ある労働契約の期間途中の解約が無効であれば、当該労働契約は原則として当該期間満了まで継続することは明らかであるが、その後については、期間満了により終了するのか、満了後も期間の更新がなされるのか、あるいは期間の定めのない契約となるのかは明確ではなく、さらに、期間満了による労働契約の終了は当事者の主張立証を待って判断されるべきなのか、または裁判所が職権によりしんしゃくすべきなのかについても定着したルールは存在しない。
本件は、これらの点について、最高裁が一定の判断を示したものであって、理論的にはもちろん、とりわけ実務的な影響はきわめて大きいといえよう。
② この問題につき、これまでの裁判例は一致していない。一方で、当該解雇は無効であっても、期間満了によって労働契約自体は終了する、という判断がある。たとえばタイカン事件・東京地判平15.12.19労判873号73頁・WestlawJapan文献番号2003WLJPCA12196004では、「本件解雇は無効であるが、…原告の雇用期間は、平成14年9月10日までであり、被告会社が、本訴に応訴して、原告の従業員たる地位を争っている以上(顕著な事実)、同日以降、労働契約が黙示的に更新されたということはできず、同日の経過により、原告は、被告会社の労働契約上の権利を有する地位を失ったというべきである。」との理由で、またエヌエスイー事件・東京地判平25.2.22労判1080号83頁・WestlawJapan文献番号2013WLJPCA02228014は、本問題について直接の判断は行っていないが、「原告は、被告に対し、当該不就労期間すなわち平成23年11月17日(同解雇日翌日)から平成24年5月15日(本件雇用契約期間満了日)までの間の賃金請求権を失わない」として、さらにベストFAM事件・東京地判平26.1.1労判1092号98頁・WestlawJapan文献番号2014WLJPCA01178001は、「原告は、本件解雇の後も、本件契約の期限である平成24年12月20日までの間、被告との間で雇用契約上の権利を有する地位にあったものと認めるのが相当であるが、本件契約が有期雇用契約であって、更新が当然の前提とされているなど実質的に期間の定めのない雇用契約であったとまで認められない…から、上記同日以後は、原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあるものと認めることはできないといわざるを得ない」との理由で、それぞれ期間満了による労働契約の終了を認め、満了日までの賃金にかかる請求のみを認容している。
他方で、同様に期間途中の解雇を無効としたうえで、「債権者らの契約期間はすでに満了しているところ、…本件解雇の意思表示には、今後、債務者にて債権者らを雇用しないという雇止めの意思表示が含まれていたものと解するのが相当である。」との判断を前提に、諸事情から、「債権者らと債務者との間の労働契約は『当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる』場合に当たると解するのが相当である。」として、結論として「債権者らと債務者との労働契約は、本件各労働契約の期間満了日以降も6か月ごとに従前の労働契約が更新されて継続しているということができる」として地位確認を認めた例もあり(ジーエル事件・津地決平28.3.14労判1152号33頁・WestlawJapan文献番号2016WLJPCA03146002)、この問題をめぐる司法判断は流動的であるといわざるを得ない。
これに対して、学説においてこの問題を正面から本格的に論じたものはほぼ見当たらないが、唯一、雇止めが無効とされた場合には労契法19条によって更新がなされているものとして地位確認がなされうることと比較して、より厳しく制限されている契約期間途中の解雇について残余期間が満了していることを理由として地位確認を認めないのは疑問であること、そのような処理は無期転換権の取得や行使の機会を失わせるおそれがあることなどの理由から、期間途中の解雇が無効である場合についても、期間満了後の更新の可否について、同法19条の趣旨を生かした処理を提唱する見解がある(菅野和夫「労働法 12版」(弘文堂、2019年)343頁以下)。
③ 判旨の位置づけと射程距離
本件判旨は、直接に以上の見解のいずれかを採用したということはいえない。すなわち、本件判旨が示しているのは、原審が、本件労働契約が期間の定めがあり、解雇後の平成27年3月31日に期間の満了により終了するとの内容であることにつき、当事者からの主張を「期間を徒過している」として却下し、しんしゃくしなかったたことが誤りであるという判断であり(結論を左右しうる顕著な事実を検討しなかったという趣旨か)、それ以外の積極的な判断を示してはいない。したがって、本件判旨から、期間途中の解雇が無効であった場合の期間満了後の当該労働契約の帰趨という問題についての最高裁の立場を直ちに忖度することはできないといえる。ただ、本件判旨は同時に、差戻しの理由として、原審が「契約期間の満了により本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく」結論を導いたことを論難しているので、少なくとも、解雇後の期間満了日に自動的に労働契約が終了するという立場はとっておらず、あらためて、期間満了による契約の終了が認められない理由の存否を検討することを求めていると考えられる。そうすると、本件判旨の最大の意義は、「期間途中の解雇が無効であった場合に残余期間の満了により当該労働契約が終了するか否かは、期間の満了によって契約の終了が認められない理由があるか否かの検討・判断による」ことを示した点にあるといえよう。
④ 今後の課題
本件判旨の意義を上記のようにとらえると、今後の課題としては、解雇無効の場合の残余期間の満了につき、いかなる場合に期間の更新あるいは無期労働契約への転換が認められうるかの判断基準をどう設定するかであろう。前掲ジーエス事件は、解雇には使用者の雇止めの意思表示も含まれていたとの判断を前提として、労契法19条を適用したうえで結論を導いているが、期間途中の解雇には当該期間満了時の雇止めの意思表示が含まれている、という解釈を一般的に援用しうるかは議論の余地のあるところであるし、その場合でも、労契法19条を直接適用できるかは大いに異論のありうるところであろう。また、仮に当該解雇が、当該期間が更新されれば労働者に無期転換権が生じる、という時点でなされた場合(期間1年の有期労働契約において4回更新がなされ、当初の労働契約締結から4年8か月の時点で解雇がなされたような場合)を想定すると、当該解雇が無効となった場合であって期間満了による労働契約の終了も認められないと判断され、かつ、期間満了の後に労働者の無期転換の意思表示があることが訴訟において主張されることにより、無期転換された労働契約上の地位確認がなされることになるのか、という重要な課題も生じる。
このように、本件は理論的にも実務的にも大きな波紋を今後に投げかけた判決であり、議論の進展が期待される。
(掲載日 2020年3月23日)