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文献番号 2020WLJCC020
東京都立大学法科大学院 兼任教授
前田 雅英
Ⅰ 判例のポイント
夫が、別居中の当時の妻が使用する自動車にGPS機器を密かに取り付け、その後多数回にわたって同車の位置情報を探索して取得した行為と(第1528号事件※3)、被告人が共犯者と共謀の上、多数回にわたり、元交際相手が使用している自動車にGPS機器を密かに取り付け、同車の位置を探索して同人の動静を把握した行為(第1529号事件※4)が、ともに、ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下「ストーカー規制法」という。)2条1項1号の「『通常所在する場所』の付近における『見張り』に該当しないか」が争われ、最高裁は、7月30日に、2件とも「見張りに該当しない」という原審の判断を維持した※5。
少なくとも両事案の発生の頃までは、ストーカー事犯は深刻化し、一方でGPS機器や盗聴器の機能の高度化と利用容易性が高まり、さらにスマートホンが広くいきわたる中で、ストーカー犯のつきまとい行為にとって重要な、被害者の動静把握の手段も高度化してきたことは否定できない※6。本件の場合も、これまでの生活の拠点を捨ててシェルターや遠方の身内に身を寄せ、ストーカーの影に怯える被害者からみたら、自己の車にGPS機器をセットされたら、ストーカー規制法の保護法益が侵害されることは明らかであろう。
検察は、これらの行為をストーカー規制法2条1項1号の「通常所在する場所の付近における見張り」として起訴してきた。そして、その主張が、本件の両第1審判決を含めたいくつかの下級審判例により認められてきたのである。そして検察実務に最も影響力があったのが、上告理由に挙げられた福岡高判平成29年9月22日(高検速報平成29年282頁、WestlawJapan文献番号2017WLJPCA092260105)なのである(さらに、それに先行するものとして東京地裁立川支判平成27年1月16日(公刊物未登載・研修842号70頁参照)がある)。
しかし、ストーカー規制法は、すべての「見張り行為」を処罰の対象にはしていない。「通常所在する場所の付近における見張り」に限定していることに注意しなければならない。
Ⅱ 事実の概要
(1)第1528号事件
被告人Aと被害者Bは平成27年5月に結婚し、以後同居していたが、平成28年1月10日、AがBに暴力を振るったことから、Bは、警察に保護を求めシェルターに宿泊した。その後、ホテルに宿泊したり、Bの妹方に身を寄せるなどした上、マンションに入居し、妹から自動車を借り受け、以後日常生活の足として利用するようになった。そして、本件自動車の保管場所としてパーキング丙を賃借していたところ、Aが同年2月15日頃GPS機能付き電子機器を本件自動車に取り付けてその位置情報を取得しようと考え、本件自動車の後部バンパー内側に本件GPS機器がガムテープで貼り付けられ、Aは、その頃から同年3月7日までの間、Aの所持する携帯電話を利用して、本件GPS機器から発信される本件自動車の位置情報を探索して取得し、把握した本件自動車の位置情報に基づき、妹方付近にいることを知り、その周辺に赴き、近隣のアパート2階廊下からBの通行しそうな路上を注視したという事案である(なお、本件注視行為が「見張り」に該当することには疑いがないとされ、弁護人も争っていない)。
この事実に対し、第1審の福岡地判平成30年3月12日は、「パーキング丙は、Bが、日常的に利用する本件自動車の保管場所として賃借していた場所であり、『(Bの)通常所在する場所の付近』に当たることは明らかである。」とした上で、ストーカー規制法にいう「見張り」は、社会生活の変化に伴って変容し、あるいは多様化し得るものであるとし、「相手方の動静を直接観察することは必須ではなく相手方が通常使用する物や建物の状況を観察することによって相手方の動静を把握する行為が含まれると解すべきであるし、電子機器等を使用して相手方に関する情報を取得することを通じてなされる動静観察行為も含まれると解すべきである。」と判示した。そして、「本件GPS機器を本件自動車に取り付ける行為」も本件位置情報取得行為と強い関連性・一体性があり、本件位置情報取得行為と分断して単なる準備行為と捉えるのは妥当でなく、「本件位置情報取得行為は、いずれも本件自動車から離れた場所でなされており、それだけを取り出せばBの通常所在する場所の付近における見張りとはいえないが、Bの通常所在する場所であるパーキング丙でなされた本件GPS機器の取付け行為と一体のものとしてみれば、全体として場所的要件も充足するというべきである。」として構成要件該当性を認めた。
これに対し、原審である福岡高判平成30年9月20日は、第1審を破棄し、本件自動車に本件GPS機器を密かに取り付けて行った本件位置情報取得行為は、ストーカー規制法2条1項1号の「通常所在する場所」付近における「見張り」に該当しないと自判した。
ストーカー規制法2条1項1号は、「つきまとい」「待ち伏せ」等の行為と異なり、「見張り」について「住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において」という行為者の所在する場所に関する要件を規定しており、観察行為自体に「行為者の感覚器官が用いられることを当然の前提にしている」と解するのが自然であり、感覚器官の作用とは全く異なる機構によって相手方の動静情報を収集する機器を用いる行為は、更なる「見張り」等のための準備、予備行為とはなり得ても、「見張り」の実行行為そのものではない。したがって、取り付けたGPS機器を用いて位置情報を探索取得したAの行為は、ストーカー規制法2条1項1号の「見張り」に該当しないとした。
また、第1審判決が、「GPS機器取付行為と位置情報探索取得行為は強い関連性があるから、これらを一体のものとしてみれば全体として場所的要件も充足する」とした点についても、前者と後者とが評価として一体であるという理由で、可罰的な「見張り」を限定する場所的要件を後者につき不要とするのは、同要件を実質的に無意味化するものであると批判した。
(2)第1529号事件
被告人Cは、D(当時28ないし29歳)に対する被告人Cの恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、平成28年4月23日頃から同29年2月23日までの間、N県S市所在のa駐車場等において、多数回にわたり、Dが使用している自動車にGPS機能付き電子機器を密かに取り付け、同車の位置を探索して同人の動静を把握する方法により同人の見張りをし、もって、同人の身体の安全、住居等の平穏が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法によりつきまとい等を反復して行い、ストーカー行為をしたという事案である。
これに対し、第1審の佐賀地判平成30年1月22日は、本件で用いられたGPS機器は充電して電源を入れればインターネットに繋がっているパソコンや携帯電話を使って位置情報が検索できるものなので、それを自動車に取り付けて被害者の所在する場所の位置情報を検索する行為も「見張り」行為の一態様と解されるとし、被害者が日常的に使用している自動車は「住居、勤務先、学校」とは場所的移動を伴う点で異なっているが、本件のようなGPS機器を自動車に取り付けた場合、特定の者が行く先々の位置情報を何時でも検索・把握し得るものであるから、自動車が特定の者の場所的移動の手段として日常的に利用されている限り、自動車自体が「その他その通常所在する場所」と考えるのが相当であるとした。
これに対し、原審の福岡高判平成30年9月21日は、「法は、『見張り』について、被害者の住居等の付近において行われるものに限って、規制対象にしている。そうすると、本件において、本件GPS機器を本件自動車に取り付け、同車の位置を探索して同人の動静を把握する行為は、被害者の通常所在する場所の付近から離れて、携帯電話を用いて、本件GPS機器による位置情報提供サービスを行う会社のホームページに接続して、本件自動車の位置情報を取得することによって行うもので、被害者の住居等の付近において、視覚等の感覚器官によって被害者の動静を観察するものではないから、法所定の『見張り』に該当しないと解するのが相当である」と判示した※7。
Ⅲ 判旨
両事件とも、検察側は、福岡高判平成29年9月22日に反するし、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があるなどとして上告した。
これに対し、最高裁は「ストーカー規制法2条1項1号は、好意の感情等を抱いている対象である特定の者又はその者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、『住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(住居等)の付近において見張り』をする行為について規定しているところ、この規定内容及びその趣旨に照らすと、『住居等の付近において見張り』をする行為に該当するためには、機器等を用いる場合であっても、上記特定の者等の『住居等』の付近という一定の場所において同所における上記特定の者等の動静を観察する行為が行われることを要するものと解するのが相当である」と判示し、第1528号事件の場合には※8「第1審判決の認定によれば、被告人は、妻が上記自動車を駐車するために賃借していた駐車場においてGPS機器を同車に取り付けたが、同車の位置情報の探索取得は同駐車場の付近において行われたものではないというのであり、また、同駐車場を離れて移動する同車の位置情報は同駐車場付近における妻の動静に関する情報とはいえず、被告人の行為は上記の要件を満たさないから、『住居等の付近において見張り』をする行為に該当しないとした原判決の結論は正当として是認することができる」と判示し、刑訴法410条2項により、福岡高判平成29年9月22日を変更するとし、原判決を維持した。
Ⅳ コメント
(掲載日 2020年8月4日)