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文献番号 2020WLJCC027
明治大学 教授
野川 忍
1.はじめに
本件は、有期雇用労働者と無期雇用労働者との間の労働条件の相違が不合理なものであってはならないという労働契約法(以下「労契法」ということもある。)旧20条の定めにつき争われた多くの事案の中で、本給が問題となった産業医科大学事件(福岡高判平30.11.29WestlawJapan文献番号2018WLJPCA11296003)、退職金に関するメトロコマース事件(東京高判平31.2.20WestlawJapan文献番号2019WLJPCA02206001)とともに、賞与という賃金の基本的な部分が対象となったという点で大きな注目を集めたケースの最高裁判決である。上記2事件と同様本件も、高裁段階では地裁の判断を覆して労働条件(本件では賞与)の相違が不合理と判断されており、最高裁での判断が待たれていたが、今回最高裁は、本件においては賞与の不支給は不合理とまでは言えないとして、高裁の判断を退けた。同日に出されたメトロコマース事件の判決(最判令2.10.13WestlawJapan文献番号2020WLJPCA10139001)※2とともに、最高裁が、正規従業員に支給している重要な賃金項目を非正規従業員には支給しないことを認めたとの印象をもたらし、高い注目の的となった判決である。
本件の具体的評価は後述するが、あらかじめ踏まえておかなければならないのは、本件の処理基準を提供していた労契法旧20条はすでに削除され、2020年4月からは、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パートタイム・有期雇用労働法、以下「パ有法」という。)8条にその趣旨が継承され、しかも新たな内容として再構成されていることである。パ有法8条は、それまでの短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム労働法)に定められていたパートタイム労働者とフルタイム労働者との間の処遇の均衡を図ることを目的とし、これに従来の労契法旧20条による有期雇用労働者と無期雇用労働者との間の処遇の均衡を図る定めとを総合し、新たに設けられた規定である。したがって、労契法旧20条をめぐって争われ、最高裁としての判断が示された本件の位置づけは、一方において、そのまま今後の実務の対応に直接そのまま反映すべきものとは言えないことに注意が必要であり、しかし他方で、パ有法8条は労契法旧20条を継承していることも明らかであるから、判旨のどのような点がどこまで今後の対応に生かされるべきかという観点からの検討も不可欠であることも看過してはならない。
2.事件の概要
本件は、平成25年1月に第一審被告大阪医科薬科大学(Y)にフルタイムで期間の定めのある時給制の「アルバイト職員」として採用され、その後契約期間の更新を繰り返しつつ基礎系研究室(診療科がない研究室)において教務事務員として勤務し、平成28年3月に退職した第一審原告(X)が、給与、賞与、夏期特別有給休暇、私傷病休職の間の給与等につき、無期契約で月給制の「正職員」との間の格差が労契法旧20条に違反するとして、不法行為に基づく損害賠償として差額分を請求した事案である。
Yには、事務系の従業員として正職員、契約職員、アルバイト職員及び嘱託職員が存在したが、このうち期間の定めのない労働契約(無期契約)を締結しているのは正職員のみであり、正職員と契約職員は月給制、嘱託職員は月給制もしくは年俸制であるのに対し、Xらアルバイト職員は時給制であり、このうち正職員と同様のフルタイムで勤務するアルバイト職員の数は4割程度であった。正職員に適用されるYの就業規則では、正職員には、基本給、賞与、年末年始及び創立記念日の休日における賃金、年次有給休暇、夏期特別有給休暇、私傷病による欠勤中の賃金並びに附属病院の医療費補助措置が支給または付与されており、このうち賞与はYが必要と認めたときに臨時または定期の賃金を支給すると定められているのみであった。これに対しアルバイト職員については、時給制による賃金の支給及び労働基準法所定の年次有給休暇が付与されるのみで、正職員に支給ないし付与されていた上記の内容はいずれも適用されていなかった。
正職員は広範な業務に従事することが予定され、また出向や配置換えを命じられることがあり得るが、そのうちXと同様教室事務に従事する4名の労働者の業務内容はアルバイト職員と大きな相違はなく、またアルバイト職員も制度上は他部門への異動を命じられることがあり得るとされていた。Xらアルバイト職員の賃金は、年収にして他の基礎系研究室で就労する正職員の約三分の一、新規採用の正職員の55%であった。
3.原審までの判断
第一審(大阪地判平30.1.24WestlawJapan文献番号2018WLJPCA01248001)は、Xらアルバイト職員と比較すべき対象を、同一職務である教室事務に従事している正職員ではなく正職員全体であるとしたうえで、正職員は一定の能力を有していることを前提とした採用である一方、アルバイト職員は特定の業務を前提として採用されていること、アルバイト職員の年収が新規採用正職員に対して55%にとどまっていること、また賞与が正職員には年間4.6か月支給され、アルバイト職員には支給されていないことも、長期雇用が想定されている正職員の雇用確保に関するインセンティブであるなどとして、不合理性を認めず、すべての請求を棄却した。
これに対して控訴審(大阪高判平31.2.15WestlawJapan文献番号2019WLJPCA02156001)※3 は、一般論において、ハマキョウレックス事件(最判平30.6.1WestlawJapan文献番号2018WLJPCA06019002)※4 及び長澤運輸事件(最判平30.6.1WestlawJapan文献番号2018WLJPCA06019001)※5 の二件の最高裁判決を引用し、判断の前提としてXらアルバイト職員との比較対象者について原審と同じく正職員全体であるとしつつ、特に賞与に関しては、賞与の支給額は、正職員全員を対象とし、基本給にのみ連動するものであって、当該従業員の年齢や成績に連動するものではなく、Yの業績にも一切連動しておらず、このような支給額の決定を踏まえると、Yにおける賞与は、正職員としてYに在籍していたということ、すなわち、賞与算定期間に就労していたことそれ自体に対する対価としての性質を有するものというほかないと断じ、そこには、賞与算定期間における一律の功労の趣旨も含まれるとみるのが相当であること、賞与の趣旨が長期雇用への期待、労働者からみれば長期就労への誘因となるかは疑問であること、有期雇用である契約職員に正職員の80%の賞与を支給していることなどからすると、アルバイト職員に対し、賞与を全く支給しないことは「合理的な理由を見出すことが困難であり、不合理というしかない」と断じた。一方で、Xの賞与には、付随的にせよ長期就労への誘因という趣旨も含まれており、また不合理性の判断において使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定しがたい点に鑑み、また正職員とアルバイト職員とでは、実際の職務も採用に際し求められる能力にも相当の相違があったというべきであるから、アルバイト職員の賞与算定期間における功労も相対的に低いことは否めないことを考慮すると、アルバイト職員が受給すべき賞与の額は正職員の場合と同額であるとまでは言えず、具体的には、60%を下回る場合に不合理な相違に至るものというべきであるとした。
控訴審は、賞与に加え、夏期特別有給休暇、私傷病による欠勤中の賃金及び休職給についても、一定範囲での不合理性を認定し、不法行為に基づく損害賠償として109万4737円と遅延損害金との支払をYに命じた。
4.判旨の概要
賞与及び私傷病による欠勤中の賃金につき上告認容、Xの請求棄却。
①「労働契約法20条は、有期労働契約を締結した労働者と無期労働契約を締結した労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結した労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。」
②「Yの正職員に対する賞与は・・・通年で基本給の4.6か月分が一応の支給基準となっており、その支給実績に照らすと、Yの業績に連動するものではなく、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。そして、正職員の基本給については、勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給するものとされており、勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有するものといえる上、おおむね、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば、Yは、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとしたものといえる。」
「そして、・・・労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると、・・・両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。また、教室事務員である正職員については、正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員については、原則として業務命令によって配置転換されることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)に一定の相違があったことも否定できない。」
「さらに、・・・教室事務員である正職員が他の大多数の正職員と職務の内容及び変更の範囲を異にするに至ったことについては、教室事務員の業務の内容やYが行ってきた人員配置の見直し等に起因する事情が存在したものといえる。また、アルバイト職員については、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたものである。これらの事情については、・・・労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下、職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。」
③「そうすると、Yの正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて、教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等を考慮すれば、正職員に対する賞与の支給額がおおむね通年で基本給の4.6か月分であり、そこに労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれることや、正職員に準ずるものとされる契約職員に対して正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと、アルバイト職員であるXに対する年間の支給額が平成25年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計額と比較して55%程度の水準にとどまることをしんしゃくしても、教室事務員である正職員とXとの間に賞与に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」
④私傷病による欠勤中の賃金について
「(正職員への支給は)、正職員が長期にわたり継続して就労し、又は将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし、正職員の生活保障を図るとともに、その雇用を維持し確保するという目的によるものと解される。・・・また、Xは、勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり、欠勤期間を含む在籍期間も3年余りにとどまり、その勤続期間が相当の長期間に及んでいたとはいい難く、Xの有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況にあったことをうかがわせる事情も見当たらない。したがって、教室事務員である正職員とXとの間に私傷病による欠勤中の賃金に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものとはいえない。」
5.本判決の意義
① 序
本件は、同日に出されたメトロコマース事件判決と共通の判断内容が目立ち、最高裁として、有期雇用労働者と無期雇用労働者との間の賞与、退職金等重要な賃金項目に関する相違が不合理と認め得る場合に関し、一定の統一的な考えを示す意図があったことがうかがえる。しかし、結果として両判決とも不合理性を認めることはなかったものの、メトロコマース事件では5人の裁判官のうち1人が反対意見を示し、2人が労働者側にかなり配慮した補足意見を示しており、二つの判決は相当に異なる面があることも否定できない。たとえばメトロコマース事件とは対照的に本判決が全員一致であったことの背景には、賞与と退職金の性格の基本的相違、第一審原告たる労働者の勤続期間(メトロコマース事件の原告労働者は10年以上勤続していた)などの事情を無視し得ない。以下ではこうした点も踏まえながら、本判決の意義を簡潔に記したい。なお、私傷病による欠勤中の賃金に係る部分は最後に一言する。
② 賞与に関する不合理性認定の可能性
2018年6月の二つの判決において最高裁は、労契法旧20条が定める「不合理と認められるものであってはならない」の意味について、その趣旨は、合理的であることまでを含んではおらず、同条が判断要素として明記する職務の内容や変更の範囲に加え「その他の事情」として広汎な要素を検討して、まさに当該相違が「不合理」と評価される場合だけを禁止しているとの立場を提示した。そして具体的判断要素として、労使交渉の経緯や経営判断も考慮されるべきであることを指摘しているほか、このように整理することによって、不合理性を基礎付ける評価根拠事実を原告労働者側が立証し、その評価障害事実を被告使用者側が立証する、との立場をも示している。
しかし、最高裁の上記二判決を引用した本件原審は、正職員に対する賞与の支給要件として支給対象期間中の就労と功労のみが認められ、年齢や在職年数に全く連動していない点を指摘して、「合理的な理由を見出すことが困難であり、不合理というしかない」と断じた。
これに対する最高裁の対応として、まず指摘されるべきは、必ずしも木で鼻をくくったような判断を示すことなく、賞与であっても不合理性が認められることが十分あり得るという原則をはじめに明記している点である。本件の場合のように当該労働条件の相違の根拠自体には十分な合理的理由が認められなくても、経営政策として常軌を逸しているというほどでないという事態は、「合理的ではないが不合理とは認められない」恰好の具体例と位置づけることも可能であったにも関わらずあえてこのような一般論が示されたのは、仮に当該労働条件の相違自体には全く合理的理由が認められないが長期雇用インセンティブに代表される「経営政策」に社会通念を逸脱しているような点がない限り不合理性を認めない、ということになると、およそ本給や賞与、退職金等について不合理性を認め得る可能性は皆無に等しくなり、非正規労働者と正規労働者との処遇の均衡という政策目標は画餅に帰するという最高裁のメッセージを読み取ることが可能であるし、その意図は具体的判断においてもそれなりに見て取ることができる。
③ 具体的判断の特徴
具体的判断部分については以下の三点が重要である。
第一に、最高裁は、本件におけるXの比較対象として原審が「教室事務員という一部署の正職員を比較対象とすることは適切ではない。」と述べていた立場を否定し、具体的な判断においてはXと同様教室事務に携わる正職員を比較対象としていることである。すなわち判旨②、③において最高裁は、いずれも、労契法旧20条の不合理性判断の三要素(「職務の内容」、「変更の範囲」、「その他の事情」)の判断のいずれについても、「教室事務員である正職員」とXとの比較をしており、正職員全体を比較対象とした判断ではないことを明示している。この点が重要なのは、これまでも不合理性判断にあたって当該有期雇用労働者と比較対象になるのは使用者を同じくする無期雇用労働者全体なのか特定のグループ・範囲なのかが頻繁に争点となっており、労働者側が主張する「比較対象となし得る特定の無期雇用労働者」が否定されることも少なくなかったからである。今回最高裁が、教室事務員である正職員との比較を明記したことで、今後のパ有法8条の適用に関し、当該有期・パートタイム労働者との比較対象となる正規労働者の範囲の決定に影響を及ぼすことが考えられる。
第二に、「その他の事情」について、最高裁は原審とはかなり異なる判断を示している。原審では、とりたてて「その他の事情」には言及されていないが、本件における賞与が「基本給にのみ連動するものであって、当該従業員の年齢や成績に連動するものではなく、Yの業績にも一切連動していない。」ことをとりあげ、そのような賞与の趣旨からみて「フルタイムのアルバイト職員に対し、額の多寡はあるにせよ、全く支給しないとすることには、合理的な理由を見出すことが困難であり、不合理というしかない。」との判断を導いていることから、本件賞与の性格の特殊性や、契約職員には正職員の80%の賞与が支給されていたことなどを、「その他の事情」として重視していたことがうかがえる。これに対して最高裁は、むしろ本件賞与に「正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」を読み込み、原審が触れる上記の点はほとんど触れることもない。そして、「その他の事情」としては、正職員のうちXとほぼ同様の業務内容となる教室事務員である正職員が存在することには人員配置の見直しという経営判断があったことやアルバイト職員には登用制度が設けられていることなど、使用者側に有利に働く事情をあげている。長澤運輸事件によれば、「その他の事情」は、職務の内容、変更の範囲という明示された二つの判断要素とは独立に検討されるべきものであるから、この点で最高裁が原審とは異なるアプローチをとったことに判断枠組みとして問題があるとは言えない。しかし、まさにこの点における原審と最高裁との相違が、結論を分ける最も重要なポイントとなったことは疑えない。
第三に、原審が「不合理」と認めたのは、正職員とXとの間の賞与の支給の「差」ではなく、Xに賞与を「全く支給しない」ことであった。そのため原審は、「額の多寡はあるにせよ」との留保を付し、また損害額の認定に当たっても、本件賞与に「長期就労への誘因という趣旨が含まれ、先にみたとおり、不合理性の判断において使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難い。」としたうえで、全額ではなく正職員に支給される額の6割までとしていたのであるが、最高裁は、判旨に縷々述べられた理由を根拠として、「全く支給しない」ことを結論として不合理ではないとした。ただし、判旨はこれを「教室事務員である正職員とXとの間に賞与に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」と表現しており、「全く支給していない」ことを「係る労働条件の相違」に解消している。この点は、最高裁が、非正規労働者には賞与を全く支給しなくてもよいという一般的な考えを有しているわけではなく、本件は、賞与がゼロであったとしてもなお不合理とは言えなかったと判断できる事案であったということを示したものととらえることができよう。したがって、賞与支給を非正規労働者にしないことが一般に不合理でないということにならないのは当然である。
なお、私傷病による欠勤中の賃金支給については、判旨が「正職員が長期にわたり継続して就労し、又は将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし、正職員の生活保障を図るとともに、その雇用を維持し確保するという目的」を前提としている以上、勤続が3年強で、実際には2年強の就労を経て退職したXに支給しないことが不合理であるとの判断が導かれることはなかったと言わざるを得ない。
6.展望
同日に出された今回の最高裁の二判決は、労契法旧20条のもとでの判断であるから、これが削除されて、パートタイム労働者とともに改めて労働条件の相違に関する不合理性を禁止したパ有法8条に解消されたことで、今後にどのような影響をもたらすかは注視する必要があろう。同条に盛り込まれた新しい内容は、第一に、不合理性判断は賃金全体を総合的に判断するのではなく、基本給、賞与、各手当等をそれぞれ個別に検討するとのルールが明記されたことであり、第二に、判断要素として労契法旧20条では「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情」とのみ記載されていた内容を、「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるもの」と明確にしたことである。ここからは、賞与なり退職金なりの、経営政策上長期雇用インセンティブを最も反映させやすい賃金項目であっても、それだけでは賞与や退職金制度自体の不合理性を否定する決定的理由にはなり得ず、それぞれの「適切さ」が問われることとなり、賞与なり退職金なりについても、固有の事情が慎重に検討されるべきことが導かれよう。そうすると、本件のように、正職員に対する人材の確保や定着を図るといった賞与の趣旨も、それだけで不合理性を否定されるわけではなく、右趣旨にも関わらず支給条件が基本給にのみ連動し、比較し得る非正規労働者には全く支給されていないという場合には、まさにその適切さが問われることとなる。本件では、Xの勤続期間が長いとは言えなかったことなどもあって、結論としては請求が棄却されたが、必ずしもこれが一般的な意義を有するわけではない。また、今後は特に、非正規労働者に対する処遇についての使用者の説明責任が重視されることとなる(パ有法14条)が、その説明が不十分ないし不適切であった場合にはパ有法8条の意味での適切さの評価に反映することは否めず、判旨の上記のような対応と、パ有法の上記のような内容を踏まえると、今後の類似の事案については、労契法旧20条とは異なり、むしろ使用者側に実質的な立証の負担が課されることも想定される。その意味では、本判決は、メトロコマース事件判決とともに、労契法旧20条に対するレクイエムとして、またパ有法8条への露払いとして位置づけられるかもしれない。
(掲載日 2020年10月20日)