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文献番号 2022WLJCC001
同志社大学 教授
高杉 直
1.はじめに
外国の裁判所が下した判決であっても、次のような日本の民事訴訟法(民訴法)118条に定める一定の要件(承認要件)を満たす場合には、日本国内でその効力が認められ、日本国内で強制執行を行うことが可能である(民事執行法22条6号、同法24条を参照)。すなわち、①「法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること」(民訴法118条1号)、②「敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達・・・・・・を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと」(同条2号)、③「判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと」(同条3号)、④「相互の保証があること」(同条4号)である。
このうち③の要件との関係で、米国法で認められている懲罰的損害賠償を命ずる米国裁判所の判決は、懲罰的損害賠償を命ずる部分が日本の公序に反するとして、当該部分については日本で承認されないとされている(最高裁第二小法廷平成9年7月11日判決・民集51巻6号2573頁・1997WLJPCA07110002)。
本件は、補償的損害賠償に加えて懲罰的損害賠償を命じた部分を含む米国裁判所の判決について日本で執行判決を求める事案であるが、特に、米国で既になされた一部弁済が懲罰的損害賠償と補償的損害賠償のいずれの部分に充当されるかが争点となった。
2.事実の概要
X社は、その本店を米国カリフォルニア州に置き、日本食レストランの経営を業としている会社であり、いずれもカリフォルニア州に住所を有するX1及びX2によって設立されたものである。Y社は、不動産の売買に関する業務等をその目的とする日本の株式会社であり、平成20年8月以降、その本店を大阪市A地に置いていたが、平成25年4月に大阪市B地にその本店を移転させた。
Xらは、平成25年(2013年)3月、Y社がX社のビジネスモデル、企業秘密等を領得したなどと主張して、Y社外数名に対して損害賠償を求める訴えをカリフォルニア州の裁判所(以下「本件外国裁判所」という。)に提起した。本件外国裁判所は、平成27年(2015年)3月、上記訴えについて、Y社に対し、補償的損害賠償として18万4990米国ドル及び訴訟費用として519.50米国ドル並びにこれらに対する年10%の割合による利息をXらに支払うよう命ずるとともに、見せしめと制裁のためにカリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償として9万米国ドル及びこれに対する上記割合による利息をXらに支払うよう命ずる判決(以下「本件外国判決」という。)を言い渡し、本件外国判決は、その後確定した。
本件外国裁判所は、同年5月、Xらの申立てにより、本件外国判決に基づく強制執行として、Y社がその関連会社に対して有する債権等をXらに転付する旨の命令(以下「本件転付命令」という。)を発付した。Xらは、同年12月、本件転付命令に基づき、13万4873.96米国ドルの弁済(以下「本件弁済」という。)を受けた。なお、Xらは、本件弁済が本件外国判決に係る債権の元本に充当されたものとして、上記元本からこれを控除することを認めている。
本件は、Xらが、本件外国判決について、民事執行法24条に基づいて提起した執行判決を求める訴えである。
第1審(大阪地裁平成28年11月30日判決2016WLJPCA11306028)では、①Xらの代理人弁護士が、Y社に対し、本件外国判決を添付した判決登録通知を誤った住所宛に郵送したため、当該通知がY社に届いたといえないことから、本件外国判決に係る訴訟手続が日本における公序に反しないかという点と、②本件弁済金が本件判決に係る債権(以下「本件債権」という。)である補償的損害賠償と懲罰的損害賠償のどの部分に充てられるのか、が争点となった。
①の争点について、第1審は、「敗訴した被告に防御の機会が十分に与えられていなかったと認めるに足りる特段の事情がある場合は格別、判決書を含む裁判書類につき、送達条約に基づき、日本語訳を付した送達がなされていないとしても、それだけで直ちに、外国裁判所の訴訟手続が日本における公の秩序に反するとはいえない」としたのに対して、[差戻前]控訴審(大阪高裁平成29年9月1日判決2017WLJPCA09016006)は、敗訴当事者に対する判決の送達は、裁判所の判断に対して不服を申し立てる権利を手続的に保障するものとして、我が国の裁判制度を規律する法規範の内容となっており、民訴法118条3号にいう公の秩序の内容を成していること、そして本件外国判決はY社に対する判決の送達がされないまま確定したから、その訴訟手続は同号にいう公の秩序に反すると判断し、Xらの請求を棄却した。上告審(最高裁第二小法廷平成31年1月18日判決2019WLJPCA01189001)は、「外国判決に係る訴訟手続において、判決書の送達がされていないことの一事をもって直ちに民訴法118条3号にいう公の秩序に反するものと解することはできない」としつつ、「外国判決に係る訴訟手続において、当該外国判決の内容を了知させることが可能であったにもかかわらず、実際には訴訟当事者にこれが了知されず又は了知する機会も実質的に与えられなかったことにより、不服申立ての機会が与えられないまま当該外国判決が確定した場合、その訴訟手続は、我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものとして、民訴法118条3号にいう公の秩序に反するということができる」と判示し、原判決を破棄して差し戻した(WLJ判例コラム172号(2019WLJCC017)を参照)。
差戻後控訴審(大阪高裁令和元年10月4日判決2019WLJPCA10046011)は、「Y社は、本件外国判決の控訴期限の約4か月前に本件外国判決の訴訟手続の一環として送信された本件電子メールを契機として本件外国判決の内容を了知したにもかかわらず、本件外国判決に対する控訴の申立てをしなかったのであるから、本件外国判決が確定した訴訟手続は公序に反しない」と判示した。
②の争点について、第1審は、懲罰的損害賠償「部分に本件弁済金を一部でも充てるとなれば、その充てた限度において、懲罰的損害賠償以外の金員の支払を命じる部分につき、強制執行を許す範囲が広がる結果、懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じる部分が効力を有するものと認めるのと実質的に異ならない結果となるから、本件弁済金は、本件債権のうち懲罰的損害賠償以外の部分に充てられるものと解すべきである」と判示し、5万0635.54米国ドル[=補償的損害賠償の18万4990米国ドル及び訴訟費用の519.50米国ドルから13万4873.96米国ドルの弁済金を差し引いた金額]の支払をY社に命ずる部分等についてのみ強制執行を許すとしたのに対して、差戻後控訴審は、「本件懲罰的賠償は公序に反するものであるが、それはあくまで我が国における効力が否定されるにとどまり、カリフォルニア州において本件懲罰的賠償の債権が存在することまで否定されるものではない」とし、「本件弁済金は、カリフォルニア州における強制執行手続によって支払われたもので、同州においては本件懲罰的賠償を含む本件外国判決全体に充当されたとみるほかない。そうすると、本件外国判決の認容した債権のうち、弁済がされないまま存在するのは、認容額から本件弁済金である13万4873.96ドルを差し引いた14万0635.54ドルの債権である」と判示した。
そこで、Y社が上告したのが本件である。①の争点については、上告受理申立てが上告受理の決定において排除されたため(判旨(4)を参照)、本判決では、②の争点が問題となった。
3.判旨
一部破棄自判、一部上告棄却。
民訴法260条2項の申立てについて一部認容。
(1)「民訴法118条3号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分(以下「懲罰的損害賠償部分」という。)が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合、その弁済が上記外国裁判所の強制執行手続においてされたものであっても、これが懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されたものとして上記判決についての執行判決をすることはできないというべきである。
なぜなら、上記の場合、懲罰的損害賠償部分は我が国において効力を有しないのであり、そうである以上、上記弁済の効力を判断するに当たり懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在するとみることはできず、上記弁済が懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されることはないというべきであって、上記弁済が上記外国裁判所の強制執行手続においてされたものであっても、これと別異に解すべき理由はないからである。」
(2)「前記事実関係によれば、本件弁済は、本件外国判決に係る債権につき、本件外国裁判所の強制執行手続においてされたものであるが、本件懲罰的損害賠償部分は、見せしめと制裁のためにカリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じたものであり、民訴法118条3号の要件を具備しないというべきであるから(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)、本件弁済が本件懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されたものとして本件外国判決についての執行判決をすることはできない。そして、本件外国判決のうち本件懲罰的損害賠償部分を除く部分は同条各号に掲げる要件を具備すると認められるから、本件外国判決については、本件弁済 により本件外国判決のうち本件懲罰的損害賠償部分を除く部分に係る債権が本件弁済の額の限度で消滅したものとして、その残額である5万0635.54米国ドル及びこれに対する利息の支払を命じた部分に限り執行判決をすべきである。」
(3)「以上に説示したところによれば、本件外国判決のうち5万0635.54米国ドル及びこれに対する平成27年3月21日から支払済みまで年10%の割合による利息の支払を命じた部分について執行判決を求める限度でXらの請求を認容した第1審判決は正当であるから、Xらの控訴を棄却すべきである。」
(4)「なお、Y社のその余の上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。」
(5)Y社の民訴法260条2項の裁判を求める申立てについて
「・・・・・・原判決に付された仮執行の宣言は、その限度でその効力を失うことになる。そうすると、Xらに対し、1435万0507円(2242万4347円から、5万0635.54米国ドル及びこれに対する平成27年3月21日から令和元年10月31日まで年10%の割合による利息2万3361.71米国ドルの合計7万3997.25米国ドルを同日の外国為替相場により邦貨に換算した額である807万3840円を差し引いた額)及びこれに対する給付の日の翌日である同年11月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるY社の申立ては、正当として認容すべきであり、その余の部分の申立ては、理由がないからこれを棄却すべきである。なお、Y社は、米国通貨による支払を求めているが、Y社が邦貨により給付をしたことからすれば、邦貨による支払をXらに命ずるのが相当である。」
4.本判決の意義と今後の問題
本判決の意義として、懲罰的損害賠償部分を含む判決に関して外国で弁済がなされたとしても、我が国においてはその弁済に関して懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されたものと扱うことができないことを明らかにした点(判旨(1)〜(3)を参照)をあげることができよう(判旨(5)の部分も意義のある部分であるが、本稿では取り上げない)。
仮に複数の債権が存在すると考えた場合には、弁済がどの債権に充当されるかが問題となり、その準拠法を検討する必要があるが、本件では、懲罰的損害賠償部分に係る債権の存在が我が国において認められない以上、補償的損害賠償部分に充当されたとみるほかない。そのように考えると、本件では、補償的損害賠償部分等から本件弁済額を差し引いた金額である5万0635.54米国ドル等について執行判決を許容することになろう。
問題となるのは、外国において補償的損害賠償を超える金額の弁済がなされていた場合(例えば、本件で米国において転付命令に基づき25万米ドルの弁済がなされていた場合)である。この超過部分は、我が国においては不当利得に該当すると考えられ得るため、不当利得返還請求がなされた場合に、我が国の裁判所がどのような処理を行うかという問題が生じ得る。仮に、法の適用に関する通則法14条によって利得地法である当該弁済地の法が不当利得の準拠法として適用される場合には(同法15条によって別の法が準拠法となることも考えられる)、当該弁済地法において不当利得が発生していないとされ、返還請求が認められないとの結果になることも考えられ得る(同法42条によって当該結果が日本の公序に反するとされる可能性もある)。実務上も学術上も興味のある問題であり、今後の裁判例に注目したい。
(掲載日 2022年1月11日)