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判例コラム

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判例コラム

 

第252号 医薬用途発明の進歩性につき発明の構成から当業者が予測し得ない顕著な効果の有無の吟味を要求して原判決を破棄した最高裁判決について 

~局所的眼科用処方物事件最高裁判決(令和元年8月27日判決言渡)の検討(その2)~

文献番号 2022WLJCC004
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之

5) 本件と拘束力との関係について

 ① 問題の所在
 既述したように※1、進歩性要件における顕著な効果の取扱いに関する本判決の判断は、多分に本件の事案に即した個別具体的な判断という色彩が強く、その意味で本判決は通有性を広く持たない事例判決であるといえるのだが、さらに本判決を事例判決たらしめる事情として、原判決そして本判決が前訴判決の判断の枠組みのなかで判断を下さざるを得なかったという本件特有の経緯がある。ここにおいて、前訴判決の拘束力がどこまで及ぶのかという問題が関係してくる。
 以下、前稿と繰り返しになるところもあるが、本件と拘束力の関係を理解するのに必要な限度で、本件の事案を俯瞰するところから着手しよう。
 本件の無効審判事件において、特許庁は無効審判不成立審決(以下「前審決」)を下したところ、知財高判平成26.7.30平成25(行ケ)10058(WestlawJapan文献番号2014WLJPCA07309002)(以下「前訴判決」)はこれを取り消した。引用例1(以下の判文中の「甲1」)及び引用例2(判文中の「甲4」)に接した当業者は、最終的に、引用発明1に係る化合物についてヒト結膜肥満細胞安定化作用を有することを確認するに至るまでの動機付けがあるから、ヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる、というのである。
 該当個所の説示は以下のとおりである。

 「甲1及び甲4に接した当業者は、甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあり、その適用を試みる際に、KW-4679が、ヒト結膜の肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどに対する拮抗作用を有することを確認するとともに、ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有することを確認する動機付けがあるというべきであるから、KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し、「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる。
 したがって、本件訂正発明1及び2における「ヒト結膜肥満細胞安定化」という発明特定事項は、甲1及び甲4に記載のものからは動機付けられたものとはいえないとして、甲1を主引例とする進歩性欠如の原告主張の無効理由2は理由がないとした本件審決の判断は、誤りである。」

 前訴判決確定後、事件は再び特許庁に移行したが、再開された審判においては、特許庁は再び無効審判不成立審決(以下「本件審決」)を下した。本件発明1と引用発明1との各相違点は、引用例1及び引用例2に接した当業者が容易に想到することができたもの又は単なる設計事項であるが、本件化合物の効果は、引用例1、引用例2及び優先日当時の技術常識から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であって、本件各発明は当業者が容易に発明できたものとはいえない、というのである。

 これに対して、知財高判平成29.11.21平成29(行ケ)10003(WestlawJapan文献番号2017WLJPCA11219001)(以下「原判決」)は、本件各発明の効果は、当業者において引用発明1及び引用例2記載の発明から容易に想到する本件各発明の構成を前提として予測し難い顕著なものであるということはできないから、本件各発明の効果に係る本件審決の判断には誤りがあるとして、本件審決を取り消した。その際、原判決は、拘束力について以下のように付言した。

 「特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理、審決をするが、再度の審理、審決には、行政事件訴訟法33条1項の規定により、取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない。また、特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとの理由により、容易に発明することができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には、再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果、審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないと認定判断することは許されない(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
 前訴判決は、「取消事由3(甲1を主引例とする進歩性の判断の誤り)」と題する項目において、引用例1及び引用例2に接した当業者は、KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し、ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるとして、引用例1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がないとした第2次審決を取消したものである。特に、第2次審決及び前訴判決が審理の対象とした第2次訂正後の発明1は、本件審決が審理の対象とした本件発明1と同一であり、引用例も同一であるにもかかわらず、本件審決は、本件発明1は引用例1及び引用例2に基づき当業者が容易に発明できたものとはいえないとして、本件各発明の進歩性を認めたものである。
発明の容易想到性については、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか、当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり、当事者は、第2次審判及びその審決取消訴訟において、特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も、これを否定する事実の主張立証も、行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後、再び開始された本件審判手続に至って、当事者に、前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から、前訴と同一で訂正されていない本件発明1を、当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは、特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず、訴訟経済に反するもので、行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし、問題があったといわざるを得ない。」(下線強調は筆者による)

 特許権者からの上告に答えて、本判決は、原判決を破棄したが、その際、原判決が付言していた前訴判決の拘束力については一切言及することなく、進歩性の要件に関する実体判断をなし、以下のように述べている。

 「原審は、結局のところ、本件各発明の効果、取り分けその程度が、予測できない顕著なものであるかについて、優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく、本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として、本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに、本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく、このような原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」

 しかし、確定した前訴判決の前記判文中の「KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し、「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる」との部分は、原判決が付言において指摘していたように、本件発明は引用例1と引用例2に基づいて容易に想到しうるものである、と判断したようにも読める。そうすると、本件発明の進歩性を否定する判断を示したかにも読める確定前訴判決の拘束力を、進歩性の成否について再度、判断するように述べて原判決を破棄した本判決がどのように捉えているのかということが問題となる。

 ② 拘束力の範囲に関する諸説
 特許無効審判請求事件に係る審決取消訴訟における確定取消判決の拘束力の範囲については見解が分かれている※2
 第一に、審決取消訴訟において裁判所が審理判断を可能とされている範囲の最大限度で、定型的な「遮断効」として最も広く拘束力が生じると考えるのであれば、前訴判決の拘束力は、引例たる公知技術毎※3に定型的に遮断効が発生すると解することになる※4。この見解の下では、本件における前訴判決の拘束力は、引用例1を主引例、引用例2を副引例※5とする組み合わせというルートを辿る限り、およそ進歩性が否定されるという範囲で及ぶことになる。そうすると、引用例1と引用例2の組み合わせによる進歩性欠如の有無という争点を判断している原判決は、すでに拘束力で決着済みの争点について重ねて判断をなしていると評価されることになる。
 第二に、他方、拘束力の範囲は、審理可能な範囲で引例毎に定型的に発生するのではなく、審理可能な範囲は拘束力の最大限度を画するものではあるが※6、個別の案件における拘束力は、その最大限度の枠のなかで実際に確定判決が下した判断※7に応じて、いわば「判断効」※8的にその限度で及ぶと考えるという見解も存在する※9。この見解に与する場合には、前訴判決の判断したものがそれが何に対するものであったのかということを事案との関係で把握する点に評価を伴うために、その拘束力の広狭について意見は分かれうるが※10、本件についていえば、前訴判決は、引用例1記載の化合物についてヒト結膜肥満細胞安定化作用を有することを確認するに至るまでの動機付けがあることを理由として、その動機付けがないとした前審決の判断を誤りであると判断したに止まり、それを超えて、広く引用例1と引用例2の組み合わせにより本件発明の構成が容易想到であるとまで積極的に判断したわけではないから、拘束力の範囲も当該動機付けがあるとの判断に生じるに止まることになろう※11。この見解の下では、積極的な動機付けではなく顕著な効果に関して判断する原判決と本判決は、前訴判決の拘束力に抵触することはないということになる。
 第三に、以上とは次元を異にする観点からの仕分け方として、進歩性に関する判断の要件構造を、後述する独立要件説的な考え方の下、構成の容易想到性と顕著な効果の二つに分断したうえ、構成の容易想到性に関する判断の拘束力は顕著な効果に関する判断には及ばないという理解もあり得よう※12。この理解に与する場合には、前訴判決の拘束力は構成の容易想到性に及ぶに止まるから、原判決と本判決が顕著な効果について判断することが前訴判決の拘束力に反することはないと理解されることになる。

 ③ 原判決の立場
 前述したように、原判決は、拘束力について以下のように付言している。

 「発明の容易想到性については、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか、当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり、当事者は、第2次審判及びその審決取消訴訟において、特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も、これを否定する事実の主張立証も、行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後、再び開始された本件審判手続に至って、当事者に、前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から、前訴と同一で訂正されていない本件発明1を、当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは、特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず、訴訟経済に反するもので、行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし、問題があったといわざるを得ない。」(下線強調は筆者による)

 この説示からは、本来は、前述した拘束力の範囲を相対的に広めの定型的な遮断効と解する第一の遮断効的な見解に立脚して、拘束力をもって本件を解決したかったという意向を看取することができなくもない。
 しかし、実際には、原判決は拘束力による決着を図ることなく、進歩性に関する実体判断に立ち入っている※13。また、説示のうえでも「行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし」というのみで、拘束力の範囲が引用例1と引用例2の組み合わせの範囲に及ぶとまで明言したわけではない※14。拘束力が紛争の制度的な解決の実効性を担保するための判決効の問題として義務的な職権調査事項であると解すべきであることに鑑みれば※15、原判決は拘束力の範囲について、前述した第一の遮断効的な見解は採用していないと解するのが、論理的な理解といえよう※16

 ④ 本判決の立場
 これに対して本判決は、拘束力について一切言及するところがない。調査官解説は、拘束力について原判決が判決理由として判断したわけではなく、上告受理申立て理由にもなっていないことを理由に、拘束力の範囲について何らかの判断を示したものではないと述べている※17。たしかに明言したわけではない以上、本判決をもって拘束力の範囲に関して最高裁の判例法理が示されたと理解するわけにはいかないだろうが、しかし、やはり職権調査事項であり、しかも法律審である最高裁といえども即座に調査可能な事項であって顕著な事実に属するものである以上、本判決は前訴判決の拘束力が本件に及んでいないと解しており、やはり、前述した第一の遮断効的な見解に与していないと考えるのが論理的な理解であるように思われる※18

 ⑤ 差戻後判決における取扱い
 なお、本判決を受けた差戻後の知財高判令和2.6.17判時2461号30頁(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA06179001)[局所的眼科用処方物]は、本判決の判断枠組みに従って顕著な効果があると判断し、結論として進歩性を肯定した審決を維持しているが、その際に、前訴判決の拘束力について以下のように説いている。

 「前訴判決は、前記(3)の技術常識に基づいて、甲1及び4に接した当業者は、甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679(本件化合物のシス異性体の塩酸塩)を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあり、その適用を試みる際に、KW-4679が、ヒト結膜肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどに対する拮抗作用を有することを確認するとともに、ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有することを確認する動機付けがあるというべきであるから、KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し、「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められると判断した。そして、その上で、前訴判決は、「本件各発明における『ヒト結膜肥満細胞安定化』という発明特定事項は、甲1及び4に記載のものからは動機付けられたものとはいえないから、甲1を主引例とする進歩性欠如の原告主張の無効理由は理由がない」とした第2次審決の判断は誤りであると判断している。
 上記のとおり、前訴判決は、本件各発明について、その発明の構成に至る動機付けがあると判断しているところ、発明の構成に至る動機付けがある場合であっても、優先日当時、当該発明の効果が、当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである場合には、当該発明は、当業者が容易に発明をすることができたとは認められないから、前訴判決は、このような予測できない顕著な効果があるかどうかまで判断したものではなく、この点には、前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)は及ばないものと解される。」(下線強調は筆者による)

 この説示は、前訴判決の判断構造の子細に立ち入り、同判決が何を判断したのかということを明らかにしたうえで、拘束力の範囲を決している点で、第二の判断効的な見解に立脚していると理解するのが素直な読み方といえよう。もっとも、明言されているわけでもないので、第三の独自要件説的な見解を採用していると読むことも可能である※19
 いずれにせよ、職権調査事項であると解される以上、疑義があるのであれば、この差戻後判決のように拘束力の範囲についての判断を明示的に先行する取扱いをなすことが望まれよう※20

 [付記]
 本研究はJSPS科研費JP18H05216の助成を受けたものである。


(掲載日 2022年2月4日)

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