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判例コラム

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判例コラム

 

第264号 共謀共同正犯を成立させる「共謀」には、意思的要素が必要か 

~最2小判令和4年5月20日-不正競争防止法違反幇助被告事件※1

文献番号 2022WLJCC016
東京都立大学 名誉教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント
 公訴事実によれば、火力発電システム等に係る施設・設備の開発、製造等に関する業務等を目的とするA株式会社(本件会社)の取締役常務執行役員で、同社の火力発電所建設プロジェクト等を統括していた被告人Xは、同社がタイにおいて遂行していた火力発電所建設工事に関して、建設工事現場付近に建設した仮桟橋に、火力発電所建設関連部品を積載したはしけを接岸させて貨物を陸揚げしようとしたところ、タイ国運輸省港湾局の地方支局長Bから、はしけの総トン数が制限を超えているという許可条件違反を指摘され、貨物を陸揚げできなかったので、Xは同社執行役員(調達総括部長)Yと、同社調達総括部ロジスティクス部長Zほか数名と共謀の上、平成27年2月17日頃、Bに対し、許可条件違反を黙認し、はしけの接岸・貨物陸揚げ等の有利かつ便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨の下に、同国内の業者を介し、現金1100万タイバーツ(当時の円換算3993万円相当)を供与し、もって外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、その職務に関する行為をさせないことを目的として、金銭を供与したという不正競争防止法違反事件※2である。
 第1審判決は、公訴事実をほぼ認定し、Xを懲役1年6月、3年間執行猶予に処した。
 Xの控訴を受けた原判決は、Xに不正競争防止法18条1項違反の罪の共同正犯の成立を認めた点には事実誤認があるとして、第1審判決を破棄し、Xには同罪の幇助犯が成立するとして、Xを罰金250万円に処した。
 争点は、X、Y、Z等の間に、不正競争防止法18条1項違反の罪の共謀が認められるかにある。

Ⅱ 事実の概要

  1.  最高裁が、第1審・原判決の認定・記録によりまとめた事実は、概要以下のとおりである。
  2. (1) 本件会社は、タイにおいて火力発電所建設工事を遂行する際、総トン数500t以下の船舶の接岸港として建設許可がされた仮桟橋に、500tを超えるはしけを接岸させようとしたところ、タイ国運輸省港湾局の地方支局長Bから、本件会社側に対し、はしけを接岸できず、接岸するためには地元関係者の分も含めて現金2000万タイバーツを払えとの要求があった。この事実は、本件会社の調達総括部ロジスティクス課長W、その上司のY、Zに報告され、Wがタイに出張して事態の収拾に当たることが決定された。
  3. (2) Wは、現地において、要求に応じて金を支払う以外の代替手段を見いだせないことをZに報告するとともに、現地企業に協力を依頼するなどして、現金の調達に向けて調整に当たった。報告を受けたZは、要求どおり金を支払うしかないことなどをYに伝え、Yも同様の考えに至った。
     Yは、平成27年2月5日、この問題を主題とする会議を10日に行うとしてXの日程を確保するとともに、Zに対し、Xの判断を仰ぐまで現金の支払に向けた手続を停止するよう指示した。ZはWにその旨指示し、当該手続は一旦停止した。Zは、9日、Wから、建設許可を取り直すには4か月以上かかるとの報告を受け、翌10日、Yに対し、その旨報告した。なお、工事が遅延した場合、本件会社が支払うことになる遅延損害金は、1日当たりおよそ4000万円と見込まれていた。
  4. (3) Y及びZは、10日、要求に従ってBらに対し現金2000万タイバーツを供与すること(本件供与)に関する資料を携え、本社内のX用会議室において、Xと会議を行った。また、Yは、10日の会議の後、Xとの再度の会議を13日に設定し、同日、Y及びZは、上記会議室において、Xと会議を行った。
  5. (4) Zは、10日の会議の後、Wに対し、Xの了承が得られたとして本件供与に向けた手続の再開を指示し、11日から13日にかけてその手続が進み、13日には現金2000万タイバーツが用意された。Wらは、14日、本件会社の下請会社の従業員らに上記現金の運搬を依頼し、17日、Bらに対し、上記現金が供与された。
  6. (5) 本件会社は、取締役常務執行役員であったXが本部長を務めていたエンジニアリング本部、執行役員であったYが部長を務めていた調達総括部を含む多数の本部及び部で構成されているところ、各部は組織上は並列しており、各部の本部長又は部長の直接の上位者は同社代表取締役社長しかいないという組織構造となっている。
  7.  第1審判決は、Y・Zは、Bからはしけの接岸条件として現金2000万タイバーツの供与を求められる事態に関し、火力発電所建設プロジェクト全体の責任を負っており、組織上の上役でもあるXに相談し判断を仰ぐため、Xとの会議を予約したが、10日の会議では、本件供与についてXの了承を得られず、再度13日に会議を予約し、13日の会議において、Yから賄賂を支払うしかないとの意見を伝えたところ、Xは、「仕方ないな。」と言って本件供与を了承したと認められると認定した。そして、Xは、形式的な組織構造上はYらの上位者ではないが、会社内の正式な手続を踏み、正式な会議を開催する前提でXの予定を押さえた上で行われていることなどからすれば、一定の意思決定権限を有する者の判断を求めるためのものであると推認でき、Xが同社の火力発電所建設プロジェクト全体の責任者であり最終判断権者であると一致して認識していたと認められるから、Xに本件供与に関する業務上の実質的な意思決定権限があったと認められるとし、Xは、13日の会議において、自らの意思決定権限に基づき、本件供与について了承したことにより、本件供与について共謀を遂げたと認められるとしたのである。
  8.  これに対し、原判決は、Xには不正競争防止法18条1項違反の罪の共同正犯は成立せず、同罪の幇助犯が成立するとした。まず、Y、Zの供述に齟齬が見られ、Xの了承の経緯や時期という核心部分について整合しておらず、さらにXは、10日と13日に会議後にも別の関係者に代替手段の検討を依頼しているなど、終始本件供与には消極的であったことがうかがわれるとし、Xがいずれかの会議の場で「仕方ないな。」と発言したことがあったとしても、この発言が、本件供与を積極的に容認する意思によるものであり、これを最終的に了承する趣旨であったとみることには合理的な疑いが残るから、本件供与に関する共謀の成立は認められないとした※3

Ⅲ 判旨

  1.  最高裁は、原判決を破棄し、本件控訴を棄却した。
     「刑訴法382条の事実誤認とは、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当であり、控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である(最高裁平成23年(あ)第757号同24年2月13日第一小法廷判決・刑集66巻4号482頁)が、原判決は、以下のとおり、Xに不正競争防止法18条1項違反の罪の共同正犯が成立するとした第1審判決の事実認定について、論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。」
  2.  第1審判決は、「Xの地位及び立場を前提とし、Xが、本件供与に関して執行役員であるYらから二度にわたる本件会議を設定された上で相談を受けたという経緯、その本件会議の中で本件供与について『仕方ないな。』と発言するなどしたというXの言動、本件会議後に本件供与が現実に実行されたという経過等を総合考慮すれば、Xは、本件会議において本件供与を了承したものであり、上記の地位及び立場にあって本件供与を実行することについての意思決定に関与したといえるから、Yらとの間で、本件供与に関する共謀を遂げたと認められる旨の判断をしたと解される。」
  3.  これに対し、原判決が、Y、Zの供述は核心部分において整合しておらず、Xが13日の会議において本件供与を最終的に了承したとみることには疑問があると指摘する点に関し、「本件における共謀の有無の認定に当たり重要となるのは、YらがXから本件供与の了承を得るため二度にわたり設定した本件会議で、Xが本件供与を了承したといえるか否かであり、X自身、本件会議において本件供与を行わないようにと述べていないことは自認している。これらの点を踏まえれば、Y及びZの各供述は、いずれも、Xから、本件会議において本件供与についてその実行がやむを得ないという意味で『仕方ないな。』という発言があり、本件供与の実行に了承が得られたとするものであって、核心部分に齟齬があるとはいえず、原判決の上記指摘は、Xが本件会議において本件供与を了承したと認めた第1審判決の不合理性を十分に示したものとはいえない。」
  4.  また、原判決は、Xの「仕方がない」という趣旨の発言をしたことは否定し得ないとしつつ、「それが、本件供与を積極的に容認する意思によるものであり、これを最終的に了承する趣旨であったとみることには合理的な疑いを挟む余地がある」とした点に関し※4※5 、「第1審判決は、Xの地位及び立場を前提とした上で、Xが本件供与に関して相談を受けるに至った経緯、その相談に対するXの言動、Xへの相談後に本件供与が実行されたという経過といった諸事情を総合考慮して、Xは本件供与を了承したものであり、これを実行するという意思決定に関与したといえることをもって共謀の成立を認めたと解されるのであるから、原判決が、共謀を基礎付ける事実関係となる上記の諸事情に対する評価を十分示さないまま、主として本件供与を積極的に容認する意思の有無という観点から第1審判決の不合理性を指摘しようとしていること自体、相当ではない」と判示し、第1審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められるとしたのである。

Ⅳ コメント

  1.  共謀共同正犯論とは、客観的な実行行為は分担しないが、共謀に加わった者を共同正犯とする理論である。判例は、日本の伝統的な共犯・正犯概念を土台に(前田雅英『刑法総論講義〔第7版〕』325頁参照)、犯罪を計画したり謀議に参加するなどして犯罪遂行の重要な役割を果たしたが、実行行為を全く分担しなかった者を、形式的に教唆するのではなく、規範的に評価して共同正犯に取り込んでいった。
     そして、練馬事件判決(最大判昭和33年5月28日刑集12-8-1718、WestlawJapan文献番号1958WLJPCA05280009)において、共謀に参加した事実が認められる以上、直接実行行為に関与しない者でも、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行ったという意味において、その間刑責の成立に差異を生ずると解すべき理由はないとして、実務上の共謀共同正犯論が、概念的にも確立した。
  2.  1980年代に入ると、共謀共同正犯否定論の中心であった団藤博士が、「共同者に実行行為をさせるについて自分の思うように行動させ本人自身がその犯罪実現の主体となったものといえるようなばあい」には客観的な共同実行行為を全く行なわなくとも共同正犯と認められるとされ(最1小決昭和57年7月16日刑集36-6-695、WestlawJapan文献番号1982WLJPCA07160009、団藤意見、さらに団藤重光『刑法綱要〔第3版〕』397頁)、また、大塚博士も「実行を担当しない共謀者が、社会観念上、実行担当者に比べて圧倒的に優越的地位に立ち、実行担当者に強い心理的拘束を与えて実行にいたらせている場合には共同正犯を認めることができる」とする優越支配共同正犯を採用された(大塚仁『刑法概説〔第4版〕』265頁)。
  3.  もちろん、共謀共同正犯に対する慎重な姿勢は、学説のみならず裁判例にも見られた※6。実行を全く分担しないにもかかわらず共同「正犯」とするには、単なる意思の連絡又は共同犯行の認識の存在だけでは足りないとする考え方、すなわち、共謀には「意思の連絡」を超えた主観面が必要だとする考え方も有力であったように思われる。
     その様な視点からは、本件第2審判決(原判決)が、「積極的に容認する意思の有無」を重視したのも理解できるように思われる。
  4.  しかし、そのような形での、すなわち主観面、特に意思的要素中心の共謀共同正犯の限定解釈は、妥当ではない。あくまでも、「実行した」と同視しうるだけの共謀「関係」が認定されなければならない。「共同実行性」が認められるだけの重要な役割を果たしたか否かが重要で、それらは、謀議の際の発言内容、その後の行為などを総合して判断されるのである。全く実行を分担しない以上、単なる意思の連絡又は共同犯行の認識の存在だけでは足りず、「共同して犯罪を行う意思を形成するだけの共謀」が客観的に認定されなければならない。練馬事件判決の「意思を通じ他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を実現」したとするのも、そのような趣旨のものとして理解されるべきである。そして、判例も形式的に共謀さえあれば全て共同正犯にしているわけではない(前掲注6判例参照)。
  5.  本件についてこれを見ると、「本件供与を積極的に容認する意思の有無という観点から第1審判決の不合理性を指摘しようとしていること自体、相当ではない」とする指摘は妥当なもののように思われる。第1審判決は、「Xの地位及び立場を前提とした上で、Xが本件供与に関して相談を受けるに至った経緯、その相談に対するXの言動、Xへの相談後に本件供与が実行されたという経過といった諸事情を総合考慮して、Xは本件供与を了承したものであり、これを実行するという意思決定に関与したといえることをもって共謀の成立を認めた」と理解できる。
  6.  ただ、「原判決が『積極的に容認する意思』を重視した」ということを強調しすぎるのは、妥当ではないであろう。原判決は、10日又は13日の会議で、Xがしたという「仕方がないな」との発言があったことは否定し得ないとしつつ、その事実の基礎となる共犯者Y・Zの証言が、核心部分において整合せず信用できないので、「同発言が、本件供与に及ぶことについてYらとの間での最終的な意思の合致を示す文脈で述べられたものであったか」は、定かでないとした。その上で、「Xが本件供与を積極的に容認する意思で『仕方がないな』と発言したとみることには、合理的な疑いを挟む余地がある」としたのである。
  7.  ただ、原判決も、Xが、このような趣旨の発言をしたことは否定し得ないとしている。
     そして、「仕方がないな」という発言は、「現地外国人公務員が賄賂を要求してきたことに対処する一連の会議」でなされたものである。さらに、Xは取締役常務執行役員であり、いかに直属の上司ではないにせよY、Z等には強い影響力があり、会議が社内の正式な手続を踏み、正式な会議を開催する前提でXの予定を押さえた上で行われていることなどからすれば、一定の意思決定権限を有する者の判断を求めるためのものといわざるを得ず、Xの発言は、本件供与を了承したものと解さざるを得ず、少なくともY、Zには、そのように受け取られても仕方ないものであった。
  8.  共同正犯の主要要件である「意思の連絡」は、共謀が認定できるのであれば、別個に吟味する必要はないといってよい(菊池則明「対等型共謀の共同正犯」小林充=植村立郎編『刑事事実認定重要判決50選(下)〔補訂版〕』211頁、前田雅英編『条解刑法〔第4版〕』242頁)。もちろん、共謀の認定と共同正犯性の認定は、理論的には別の問題と構成できるが、実際にはほとんど重なる。「一部実行すら行っていないのに共同正犯性を認める根拠」となる「共謀の事実」は、結局、実質的に共同正犯と評価できるだけの関与をしているのかという問題なのである。実質的に共同正犯と評価できるだけの共謀の有無の判断は、「計画の中心にいたか、他の共謀参加者に一定程度以上の影響力を有したか、犯罪の利益を享受したのか」等により判断される、「自己の犯罪として評価しうる重要な関与者か」という共同正犯性の判断と質的に異なるものではない(前田雅英『刑法総論講義〔第7版〕』343頁)。少なくとも、意思の連絡を超えた「意思的要素」が必須の要件となるわけではない。

(掲載日 2022年6月7日)

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