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判例コラム

 

第265号 業務上横領罪の公訴時効の基準時 

~最1小判令和4年6月9日-業務上横領被告事件※1

文献番号 2022WLJCC017
東京都立大学 名誉教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント

 業務上身分を有しておらず、占有者でもない者(以下「非占有者」という。)が、平成24年7月5日に会社の預金を業務上占有する身分を有する者(以下「業務上占有者」という。)と共謀して、会社の預金を横領した事案で、領得行為の実行から5年以上経過した令和元年5月22日に起訴された。公訴時効の基準となる刑は、成立する業務上横領罪(刑法253条)の刑か、科すべき単純横領罪(刑法252条1項)の刑かが争われたものである。
 時効は、犯罪行為が終った時から進行する(刑事訴訟法253条1項)。そして、時効期間は、刑事訴訟法250条2項で、長期15年未満の自由刑に当たる罪は7年(4号)、長期10年未満の自由刑に当たる罪は5年(5号)と定められている。刑法253条(法定刑10年)を基準とすれば、7年となる。科すべき刑法252条1項(法定刑5年)を基準とすれば、5年を経過しており、時効が成立することになるのである。
 通常であれば、時効期間は容易に決定しうるが、本件のように、非占有者が業務上占有者と共謀して預金を横領した事案の処断に関しては、後述のように、学説上争いがあり、今なお議論の余地があるとされている。しかし、判例上は、「非占有者は刑法65条1項により、同法60条、253条に該当するが、被告人には業務上の占有者の身分がないので、同法65条2項により同法252条1項の刑を科することとなる(以下、この法令の適用を「本擬律」という。)」という形で、その処理は確立している。その意味で、実務上の争点はないかに見えるのであるが、本件第1審は刑法252条1項を基準とし、原審は刑法253条を基準とすべきとして、逆の結論を導いたのである。

Ⅱ 事実の概要と第1審・原審の判断

  1.  本件公訴事実の要旨は、「被告人Xは株式会社A社の代表取締役として、同社の業務全般を統括していたもの、分離前相被告人Yは同社取締役兼総務経理部長として、同社の経理業務を統括していたものであるが、被告人Xは、上記Yと共謀の上、平成24年7月5日、都内所在のB銀行C支店に開設された株式会社A名義の普通預金口座の預金を、同社のために業務上預かり保管中、都内のA社事務所において、自己の用途に費消する目的で、上記人Yにおいて、情を知らない同社経理担当職員Zに指示して、インターネットバンキングを介し、上記口座から、被告人Xらが管理するB銀行D支店に開設されたE株式会社名義の普通預金口座に、現金2415万2933円を振込入金させ、もってこれを横領した」というものである(なお、検察官は、平成24年7月5日当時、Xに業務上占有者の身分があるとの主張はしない旨釈明している)。
  2.  第1審における争点は、公訴提起時に代表取締役を退任し後任者が就任し業務上の占有者たる身分は認められないXに、業務上横領罪(刑法253条)ないし横領罪(刑法252条)の罪責を問う場合、時効期間の基準となる「刑に当たる罪」(刑事訴訟法250条)の「刑」は、刑法253条の刑によるべきか、同法252条1項の刑によるべきかにあった※2
     第1審裁判所は、「公訴時効の成否については、各被告人ごとに適用される法定刑を基準として刑事訴訟法250条2項を適用すべきと解される(名古屋高判昭和45年7月29日の結論も同旨)。そして、最高裁昭和30年(あ)第3640号同32年11月19日第三小法廷判決・刑集第11巻第12号3073頁が、法令の適用として、当該被告人の所為が『刑法253条、60条、65条、252条1項に・・・該当する』としているのは、当該被告人に成立する罪の法定刑を刑法252条1項のそれとする趣旨と解される。したがって、本件では業務上横領罪の共同正犯が成立するが、非身分者であるXについては、法定刑として、5年以下の懲役刑が用いられるから、これを基準として刑事訴訟法250条を適用すべきである」※3と判示した〔太字は評者〕
     そして、検察官が、「刑事訴訟法252条が必要的減軽事由がある場合でもなお法定刑の最高限を基準として時効期間を定めるとしていること」等から、本件でも、Xに業務上横領罪の共同正犯が成立する以上、「公訴時効の基準は業務上横領罪の刑によるのが相当である」等の主張をしたのに対しては、刑事訴訟法「252条は、処断刑ではなく法定刑によるべきことを定めた趣旨であり」、「各罰条の法定刑を用いた上で処断刑を導く際に加重減軽を行う場面と、本件のように、業務上横領罪が成立するけれどもその罰条の法定刑を用いることなく横領罪の法定刑を非身分者による業務上横領罪の法定刑として用いることとする場面と」は区別されるべきであるとし※4刑事訴訟法250条の適用にあたっては、それぞれ身分に応じた法定刑に当たる罪として、時効期間を決することは当然で、Xに対する公訴時効期間は5年となり、本件公訴提起がされた時点では公訴時効が完成しているとして、免訴を言い渡した。
  3.  これに対し原審は、刑事訴訟法は、当該犯罪の法定刑を基準として公訴時効期間を定め(刑訴法250条1項、2項)、また、刑法による加重減軽が行われる場合であっても、そのような加重減軽をしない刑に従って公訴時効期間の規定を適用すべき旨定めている(同法252条)のであるから、公訴時効における時効期間は、その犯罪事実自体の罪種及び法定刑による軽重を基準にして定められていることは明らかで、公訴時効期間の基準となる犯罪事実とは、成立する犯罪事実であって、科刑の基準となる犯罪事実ではないとする。そして、その論拠として、共犯の場合の公訴時効は、共犯者間の不公平を避け、すべての共犯者を統一的に取り扱うためのものと解され、共犯者の一人に対してした公訴提起による時効の停止は他の共犯者に対してもその効力が及ぶ(同法254条2項)とされていることなどを挙げる。
     本件においては、業務上占有者の身分を有しないXが、その身分を有する共犯者の犯罪行為に加功したため、刑法65条1項、60条により業務上横領罪が成立すると解される以上、公訴時効の成否は、成立した犯罪である業務上横領罪の法定刑(10年以下の懲役刑)を基準とすべきであり、そうだとすると本件公訴提起時には公訴時効は完成していないとして、公訴時効が完成しているとして免訴の言渡しをした第1審判決は、法令の適用を誤ったもので破棄を免れないとした。

Ⅲ 判旨

  1.  Xは、原判決の判断は、名古屋高判昭和45年7月29日(高検速報487号、WestlawJapan文献番号1970WLJPCA07290011)と相反すると主張する等して上告した。
     最高裁は、名古屋高裁判決は、他人の物を占有していない者(「非占有者」)が、これを業務上占有する者(「業務上占有者」)と共謀して横領したという事案において、本擬律を前提に、非占有者に対する公訴時効は、横領罪の公訴時効によるべきである旨判示したものであり、原判決の判断は、名古屋高裁判決と相反しているとして、原判決を破棄し、本件控訴を棄却した。
  2.  最高裁は、公訴時効に関し、以下のように判示した。
     「公訴時効制度の趣旨は、処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにあり、刑訴法250条が刑の軽重に応じて公訴時効の期間を定めているのもそれを示すものと解される。そして、処罰の必要性(行為の可罰的評価)は、犯人に対して科される刑に反映されるものということができる。本件において、業務上占有者としての身分のない非占有者であるXには刑法65条2項により同法252条1項の横領罪の刑を科することとなるとした第1審判決及び原判決の判断は正当であるところ、公訴時効制度の趣旨等に照らすと、Xに対する公訴時効の期間は、同罪の法定刑である5年以下の懲役について定められた5年(刑訴法250条2項5号)であると解するのが相当である。これによれば、本件の公訴提起時に、Xに対する公訴時効は完成していたことになる」〔太字は評者〕
     「原判決は、法令の解釈適用を誤り、名古屋高裁判決と相反する判断をしたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである」とし、「原判決は破棄を免れず、上記の検討によれば、Xに対し公訴時効の完成を理由に免訴を言い渡した第1審判決は正当であり、検察官の控訴は理由がないことに帰するから、同法413条ただし書、414条、396条によりこれを棄却する」と判示した。

Ⅳ コメント

  1.  公訴時効は実体的訴訟条件の代表例であり、一定期間起訴されない状況が続いたという事実状態を法的に尊重する趣旨で設けられたものといえる。①時の経過により証拠が散逸し、真実を発見することが困難になっているという訴訟法上の理由と、②時の経過により犯罪の社会的影響が弱くなり、応報、改善等の刑罰の必要性が減少ないし消滅しているという実体法上の理由から、もはや訴追を求めること自体の利益ないし必要がないと考えられて、訴訟条件の1つにされている(池田修・前田雅英『刑事訴訟法講義〔第6版〕』(2018年、東京大学出版会)250頁参照)。
  2.  しかし、捜査技法の進展等によって日時の経過による証拠収集の困難さが減少したことや、画像を含めたデータの広汎かつ長期的な保存が可能となり1①の事情に変化が生じた。そして、悪辣な事犯の報道などにより、日時の経過による処罰感情等の希薄化の程度も低下していることなどが考慮されて、平成16年の法改正で重い犯罪の時効期間が延長され、さらに、平成22年の法改正により、人を死亡させた罪(犯罪行為による死亡の結果が構成要件となっている罪)については、死刑に当たるものが時効の対象から除外されて、時効が完成することはないものとされ、その余も時効期間が延長された。基本的には、公訴時効を限定する方向で動いているといってよいように思われる。
  3.  ただ、具体的な解釈では、そのような抽象的な価値判断ではなく、犯罪類型ごとの法構造や刑事訴訟法上の諸要請との整合性が重要である。その際には、実体刑法上の議論も考慮に入れなければならない。
  4.  共犯と身分に関する刑法65条1項と2項は、両者の間で矛盾がみられるとされ、それを調和的に解釈するには激しい対立が見られた(前田雅英『刑法総論講義〔第7版〕』(2019年、東京大学出版会)338頁)。65条1項は真正(構成的)身分犯に関する規定で、2項は不真正(加減的)身分犯に関するものであるとする見解(最1小判昭和31年5月24日刑集10-5-734、WestlawJapan文献番号1956WLJPCA05240003)と、1項は真正・不真正両身分犯の成否の問題であり、2項は不真正身分犯のみの科刑につき定めたものとする説明が対立してきたといってよい(団藤重光『刑法綱要総論〔第3版〕』(1990年、創文社)418頁、福田平『全訂刑法総論〔第5版〕』(2011年、有斐閣)283頁、大塚仁『刑法概説総論〔第4版〕』(2008年、有斐閣)314頁)※5。後者は、非身分者についても身分犯の共犯が成立することを、1項で「共犯とする」と表現したのであり、2項は1項で共犯とされたもののうち非身分者の科刑について「通常の刑を科する」としたとする。共犯の従属性を徹底させようとする立場で、正犯と共犯は常に同一の罪が「成立する」とし、しかも1項と2項が逆行しているのを矛盾なく説明しようとしたものである。「共同正犯は、一つの犯罪についてのみ成立する」という犯罪共同説の強調が、その基調にあるといってよい。
  5.  ただ、本件の事案のような業務上横領罪の場合、両説の差異・関係が微妙なものとなる。前掲の最3小判昭和32年11月19日(刑集11-12-3073)は、非占有者が業務上横領罪に共同加功した場合には、刑法65条1項により全員に業務上横領罪(253条)が成立し、非占有者には252条1項の刑を科すべきであるとしたのである。このような処理は、1項は真正・不真正両身分犯の成否の問題、2項は不真正身分犯のみの科刑の問題とする団藤説にも近いように見えるのである。
     しかし判例は、あくまで、253条の身分が「業務上の占有者」という一個の真正身分だから65条1項の適用を認めたと考えられる。そして、非占有者は、「業務上」という刑を重くすべき事情に欠けるので、65条2項に従い、科刑を「業務上でないもの」として処断する。1項により253条が成立せざるを得ない非占有者や業務性を欠く占有者には、「業務上」という身分が欠ける以上、65条は、身分に応じた刑罰量をもってのぞむとしただけなのである。
  6.  この刑法65条1項と2項の関係の理解に関しては、これまでの解釈が、本件においても、完全に維持された。
     第1審は「Xのこの行為は、刑法65条1項により、同法60条、253条に該当するが、Xには業務上の占有者の身分がないので、同法65条2項により同法252条1項の刑を科することとなる」とし、原審も「業務上占有者の身分を有しないXについては、共同正犯として、刑法65条1項、60条により業務上横領罪が成立し、同法65条2項により単純横領罪の刑を科すべきである、とするのが確定した判例である」と判示した。
     そして最高裁も、「本件において、業務上占有者としての身分のない非占有者であるXには刑法65条2項により同法252条1項の横領罪の刑を科することとなるとした第1審判決及び原判決の判断は正当である」としたのである。
  7.  なお、第1審は、定着した判例の「共犯と身分」の考え方に基づき、業務上横領罪の共同正犯の処理に関し、最判の示す規範の構造からは、「『二人以上共同して、いずれかの者が業務上占有する他人の物を横領したときは、業務上横領の罪とし、その物を業務上占有する者については10年以下の懲役に処し、その身分なき者は5年以下の懲役に処する。』との条文と同じになると解される」として、本件事案においては、一つの「業務上横領罪」という罪名の下に、「身分に応じた〔異なる-評者注〕法定刑が規定された罪が成立していると解される」とし、「成立罪名(業務上横領罪)」のみによって法定刑を決することはできず、「刑事訴訟法250条の適用にあたっては、それぞれ身分に応じた法定刑に当たる罪として、時効期間を決することは当然である」と判示した。
     これに対し、原審は、「このような解釈も、前記最高裁判例〔最3小判昭和32年11月19日(刑集11-12-3073)-評者注〕を正解しないものであって、採用することはできない」としたのである。
  8.  第1審と原審が対立した「最判の示す規範の構造論」から、「身分に応じた法定刑に当たる罪として、時効期間を決する」べきなのか(第1審)、「成立罪名(業務上横領罪)」によって法定刑を決するべきなのか(原審)、という問の答えは、導けない。最高裁は、共犯と身分の関係については「非占有者Xには刑法65条2項により同法252条1項の横領罪の刑を科することとなるとした第1審判決及び原判決の判断は正当である」とするのみなのである。
  9.  本判決の、「Xに対する公訴時効の期間は、同罪の法定刑である5年以下の懲役について定められた5年(刑訴法250条2項5号)であると解する」という結論は、主として、公訴時効制度の趣旨から導かれている。そして、公訴時効制度の趣旨は、「処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにあり、刑訴法250条が刑の軽重に応じて公訴時効の期間を定めているのもそれを示すものと解される」とし、「処罰の必要性(行為の可罰的評価)は、犯人に対して科される刑に反映されるものということができる」としたのである。
  10. 10 この点、原判決は、公訴時効制度の理解に関し、当該犯罪の法定刑を基準として公訴時効期間を定め(刑訴法250条1項、2項)、また、刑法による加重減軽が行われる場合であっても、そのような加重減軽をしない刑に従って公訴時効期間の規定を適用すべき旨定めている(同法252条)点を重視する。公訴時効期間の基準となる犯罪事実とは、成立する犯罪事実であって、科刑の基準となる犯罪事実ではないと解すべきとするのである。
     しかし、第1審判決が判示しているように、公訴時効の成否は訴訟条件の有無の判断で、処断刑を導く際に具体的な加重減軽を行うこととは区別しうる。「業務上横領罪を基準とするか、横領罪の法定刑を非身分者による業務上横領罪の法定刑として時効判断に用いるか」は、加重減軽事由の判断とは同断には論じ得ない。「刑法252条1項の横領罪の刑を科すべき」か、「刑法253条の業務上横領罪の刑を科すべき」かは、「加重減軽」の問題ではない。
  11. 11 そして、共犯の場合の公訴時効の解釈においては、共犯者間の不公平を避け、すべての共犯者を統一的に取り扱うべきであるとする(刑事訴訟法253条2項、254条2項)。たしかに、「統一的処理」は望ましいが、刑事訴訟法も、「本件XとYで同一の時効期間を認めなければ不公正である」という趣旨までは含まないであろう。「5年以下の刑を科すべきX」と、「10年以下の刑を科すべきY」で、時効期間が異なっても、不合理とはいえない。
  12. 12 原判決は、先例となる名古屋高判昭和45年7月29日が、本件と事案を異にするとするが、その理由とする「参照判例として、最高裁昭和35年12月21日判決・刑集14巻14号2162頁を引用している」ことの不適切性を問題にしている。判例の射程の評価は、微妙な面もあるが、「事案を異にする」とはいえないように思われる。


(掲載日 2022年6月14日)

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