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文献番号 2023WLJCC002
京都女子大学 教授
手嶋 昭子
Ⅰ.事案の概要
(1)認定された事実
Y(被告、被控訴人)は身体的性が男性、性自認が女性である。Yは自らの精子を凍結保存しており、パートナーである女性AがYの凍結保存精子を用いた生殖補助医療により、長女X₁(原告、控訴人)を出産した。Yはその後、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、「特例法」)に基づき、女性への性別の取扱いの変更の審判を受けている。その後、再度、Yの凍結保存精子を用いた生殖補助医療により、Aが次女X₂(原告、控訴人)を懐胎した。YはX₁の認知、X₂の胎児認知を行うべく各認知届を市に提出したが、いずれも不受理となった。そこでAを法定代理人としてX₁X₂がYに対し認知の訴えを提起した。なお、YとX₁X₂の間には生物学上の親子関係が存在するというDNA鑑定の結果が出ている。
(2)原審の判断
原審(東京家判令和4年2月28日WestlawJapan文献番号2022WLJPCA02286003)はX₁X₂いずれの請求も棄却した。原審は、Yが法律上の「父」に該当するかどうかについて、民法779条が規定する「父」は男性を前提としており、「特例法4条1項により法律上女性とみなされる者が、民法779条が規定する「父」に当たるとすることは、現行法制度と整合しないというべきである」とする。Yが法律上の「母」に該当するかどうかについては、分娩者=母ルールに基づき、「特例法4条1項により法律上女性とみなされる者が、民法779条が規定する「母」に当たるとすることは、現行法制度と整合しないというべきである」とし、したがって、Yは民法779条が規定する「父」とも「母」ともならず、「現行法制度上、原告らと被告の間で法律上の親子関係を形成することを認めるべき根拠は見当たらないというべきである」と判示した。
Ⅱ.判決
(1)争点
「本件の争点は、いずれも凍結保存精子を用いた生殖補助医療により出生し、被控訴人との間で生物学的な父子関係が認められる控訴人らが、本件審判によって民法その他の法令の規定の適用についてその性別が女性に変わったものとみなされた被控訴人に対し、それぞれ認知を求める法的地位(形成権である認知請求権を行使し得る法的地位。以下、単に「認知請求権」ということがある。)を有するか否かである。」
(2)要旨
原判決取消、一部控訴棄却。
「控訴人長女は、その出生時において、生物学的な父子関係を有する法律上「男性」である被控訴人に対し、民法787条に基づく認知請求権(形成権)を行使し得る法的地位を取得したものと認められる・・・。・・・控訴人長女は、被控訴人に対し、現時点においても、被控訴人を父とする認知請求権を行使し得る法的地位を有すると解されるから、控訴人長女の本件認知の訴えは理由がある。・・・被控訴人は、控訴人二女の出生時において、本件審判により、民法の規定の適用において法律上の性別が「女性」に変更されていたもので、民法787条の「父」であるとは認められないから、控訴人二女と被控訴人との間に生物学的な父子関係が認められるとしても、控訴人二女が、その出生時において、同条に基づいて被控訴人に対する認知請求権(形成権)を行使し得る法的地位を取得したものであるとは認められない。・・・したがって、控訴人二女の被控訴人に対する認知請求権の行使は、これを認めることができない」。
Ⅲ.検討
(1)本判決の位置づけ
本件は、MtFであるYが、戸籍上の性別を変更する前後に、凍結保存精子によって設けた子X₁X₂によって、Yを相手方として提起された認知の訴えの控訴審である。Yは過去にAと婚姻し、ほどなく離婚しており、訴えの時点では両者に婚姻関係はないものの、YとA、X₁X₂は生活を共にしている。生物学上の両親が、法律上ともに女性である場合において、親子関係が問題になったケースである※2。本件の特徴として、①凍結保存精子の利用による出生子のケースであること、②特例法により性別を変更した者が法律上の親であることを主張するケースであること、を指摘することができよう。
まず、①について判例の状況をみると、凍結保存精子を用いた生殖補助医療によって出生した子と、精子を提供した者との間の親子関係についての判例として、最判平成18年9月4日民集60巻7号2563頁・WestlawJapan文献番号2006WLJPCA09040002がある。これは、夫の死後、夫が凍結保存していた精子を利用して妻が懐胎し、死後認知の訴えを提起したケースである。妻の懐胎時に既に夫が死亡していたことから、出生した子は生物学上のつながりがあるとはいえ、現行法下においては、嫡出推定も認知もできないとされた※3。
次に②については、特例法により法律上の性別が女性から男性になった者と、生殖補助医療を用いて妻により出生した子との間に、嫡出父子関係の成立が認められた最決平成25年12月10日民集67巻9号1847頁・WestlawJapan文献番号2013WLJPCA12109002がある。生殖能力の有無より、事実上の離婚や別居など当該夫婦が物理的に性関係を持ち得ない状況であったかどうかが重視された。また特例法により婚姻を認めながら、その婚姻の主たる効果である嫡出推定の適用を排除することは相当でないと判示している※4。
上記判例はいずれも婚姻夫婦の例であること、法律上「父」であることが主張されている者の法律上の性別が「男性」であることが、本件との相違点である。
(2)認知請求権の取得時期による区別
原審が、Yの性別が法律上女性となっていることから、その段階での認知請求につき、民法の規定上それが「父」としてであっても、「母」としてであっても認められないと判断したのに対し、本判決では、認知請求権の取得時期の検討をもとに認知請求の可否が判断された。民法784条によれば認知は「出生の時にさかのぼってその効力を生ずる」と規定されている。控訴審は「子は、「その出生の時から」同条に基づく認知請求権(形成権)を行使し得る法的地位を有するものと解される」と述べ、長女であるX₁については、Yの法律上の性別が男性であった時期に出生していることから、法律上「男性」であるYに対し、民法787条に基づく認知請求権を行使し得る法的地位を取得したものと認められるとした。これに対し、次女であるX₂については、Yの法律上の性別が女性と変更された後に出生していることから、Yは民法787条の「父」であるとは認められず、X₂はその出生時において、同条に基づいてYに対する認知請求権を行使し得る法的地位を取得したものであるとは認められない、と判示した。
認知請求権の取得時期に着目し、認知の可否を判断したのは、現行法下において考え得る妥当な結論と思われる※5。いずれもYの凍結保存精子により出生したX₁とX₂とで、出生時期の違いにより扱いを異にすることに対し、公平性を欠く判断であるとY本人も弁護団も記者会見では語っている※6。凍結保存精子を提供した者とその精子によって出生した子との親子関係および、特例法により性別変更が行われた者と、性別変更後に懐胎・出生した子との親子関係について、民法上も「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」(以下、「生殖補助医療法」)においても、明文の規定はない。立法を待っていては具体的事例の解決が図れず、本件の場合であればX₂の不利益を解消するすべがなく、現行法の欠缺を解釈によって補うことも一つの方法ではあるが、本来は生殖補助医療の進展や性の多様性など、現行法が想定していなかった事態や価値を総合的に考慮した上で包括的な法制度を整備していくべきではないかと思われる。
(3)凍結保存精子の提供者あるいは性別を変更した者をめぐる親子関係について
本判決は、婚姻関係にはない男女間において男性が相手方女性との間に子を設けることを目的として精子を提供し(性交渉によっては生殖ができないことを理由として)、女性が生殖補助医療により当該男性との間の子を懐胎し出産した場合、当該男性と子の間に法律上の父子関係の成立を認めることは、子の福祉にとっても重要であると述べ、子が、民法上の認知請求権を行使し得る法的地位を有すると判断した。また、特例法4条2項が、審判による性別変更が審判前に生じた「身分関係」に影響を及ぼすものではない旨を規定していることから、未成年の子が前記審判前に男性であった父に対して有していた認知請求権を行使し得る法的地位が、父の性別の取扱いの変更後も法律上存続することを認めていると解した。
認知届出や出生届出の段階であれば、当該子が生殖補助医療の利用により出生したものかどうかは戸籍実務担当者には知る由もないことであり、また調査権限もないため、出生した子と法律上の親子関係を成立させようとする者の生殖能力や生殖補助医療の利用の有無は詮索されることなく、届出は受理される※7。2020年には生殖補助医療法が成立しているが、従来の判例実務が踏襲され明文化されたに過ぎず、異を唱える者がいれば事後に争われるとしても、どのような医療技術で子を設けようと実務上届出が受理されることには変わらない。したがって、凍結保存精子の提供によって子を設けた者が認知の届出をしたとしても問題なく受理されるはずである。
本件の場合、Yの認知届が当初受理されなかったのは、性別が「女性」であったからであるが、本判決においては、実はYの戸籍上の性別は問題とされてない。判断基準となったのは、Yの生殖能力である。Yは「父」の立場にこだわるわけではなく、「母」としても認知請求を受け得る可能性も主張した。しかし、本判決は「分娩者=母」ルールを維持し、Yが「母」として認知請求を受ける可能性を排除した。そして民法779条および787条における「父」は、精子の形成や射精などの生殖機能は男性にしか認められないことを前提として規定されているとし、Yが「父」として認知請求を受ける可能性も否定した。本判決の考え方によれば、戸籍上の性別が「女性」であったとしても、男性としての生殖能力を維持していれば、YはX₁のみならずX₂も認知することができたことになる。
Yが生殖能力を失うに至った理由は特例法の生殖不能要件である。生殖機能さえ保持していれば、どのようなセクシュアリティを持つ者でも、その生殖機能に応じて「父」あるいは「母」になる可能性を有する。しかし、戸籍上の性別変更を望む者は、特例法3条1項4号により、その可能性を奪われる。当該要件の合憲性が問われた事例で、最高裁は「本件規定は、当該審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される」と述べているが※8、当該要件については世界的にも緩和や廃止の動向にあり、国内でも各方面より廃止が求められているところである※9。
(4)嫡出推定と認知の違い
特例法の生殖不能要件が削除されれば、Yの場合X₁X₂の両者とも法律上の親子関係を成立させることができたと考えられる。しかし、同じく戸籍上の性別変更の審判を受けた者であっても、上記平成25年の事例では、生殖能力がなくても父として認められた。これまでも嫡出推定において、生物学上の親子関係の有無は必須要件ではなかったことと整合的に判断されたとも理解できる。しかし、認知の場合も嫡出推定同様、民法上必ずしも生物学上の父でなければできない仕組みにはなっていない。嫡出推定の場合は生殖能力よりも戸籍上の性別が重要であり、認知の場合は戸籍上の性別よりも生殖能力の有無だけで判断されるということだろうか。そうだとすると、Yとは逆に、性別を「女性」から「男性」に変更した者が認知届を提出した場合、本判決の考え方によれば、男性としての生殖能力がないため受理されないということになるだろう。他方で、その者が婚姻しており、出生届を提出した場合は、上記平成25年の判例に従い、出生届は受理されることになる。この場合、その者が婚姻しているかしていないかで、父となれるかどうかが変わってくるという理不尽な帰結となる。このような状況を放置してよいのだろうか。
特例法により性別を変更した者との親子関係に関する法律上の規定もなく、裁判例も個別事例の解決としてはともかく、整合性を欠く判断が出されているのが現状であるといわざるを得ない。生殖補助医療技術の進展をふまえ、多様な性を生きる人々の自己決定の尊重という観点から、法律上の「父」「母」とは誰なのか、包括的な検討が必要ではないだろうか※10。
(掲載日 2023年1月30日)