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文献番号 2023WLJCC024
金沢大学 教授
大友 信秀
1.はじめに
本件はマレーシア国の政府機関により同国の公的なハラールマークが出願されたのに対して、商標法4条1項5号に該当することを理由に登録が認められなかった事例である。
商標の正当な財産権者による出願であっても、「パリ条約の同盟国、世界貿易機関の加盟国の政府の監督庁又は証明用の印章又は記号のうち経済産業大臣が指定するものと同一の商標であって、その印章又は記号が用いられる商品と同一又は類似の商品について使用するもの」については登録が認められないことが示された。
原告は、パリ条約6条の3(1)(a)の義務を国内法化した商標法4条1項5号の解釈について、パリ条約の原文との関係を争ったが、本件商標について財産権を有することについて争いのない者による出願であるにもかかわらず、その保護を商標登録によって認められない場合があることが具体的に確認された。
以下、本件判決が示した条約義務を国内法化した際の解釈法及び商標法4条1項5号の趣旨について紹介する。
2.本件に至る経緯
X(原告)は、「マレーシア国の法律に基づく政府機関であって、財産処分権限及び管理権限を有する」法人であり、令和元年9月4日、判決別紙1の1の構成からなる商標(以下、本願商標という。)について、商標役務区分第5類、第10類、第29類、第30類、第32類、第42類及び第43類に属する願書指定商品を指定商品及び指定役務として、商標登録出願※2をしたが、令和2年10月9日付けで拒絶理由通知を受け、令和3年3月22日付けで拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判請求をした。
特許庁は、令和4年5月18日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下、本件審決という。)をし、その謄本は、同年6月1日、原告に送達された※3。
Xは、令和4年9月29日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
3.判決の概要
請求棄却
(1) 本願商標の商標法4条1項5号該当性
マレーシア国は、パリ条約及び世界貿易機関(WTO)の加盟国であり、同国の監督用及び証明用の公の記号及び印章について、世界貿易機関事務局を通じて我が国に通知し、経済産業大臣は、平成26年9月26日、これを記号が用いられている商品・役務とともに告示した※4。
本願商標の構成は、この経済産業大臣が指定した記号の構成と同一であり、指定商品及び指定役務も、同記号が用いられている商品・役務と同一又は類似する。
したがって、本願商標は、商標法4条1項5号に該当する。
(2) 商標法4条1項5号がパリ条約の履行義務に反しているか
Xは、パリ条約の解釈に相違があるときはフランス文によるとの条項(パリ条約29条(1)(c))を前提に、パリ条約6条の3(1)(a)の公定訳は誤訳であって、商標法4条1項5号は、パリ条約の義務を履行していないと主張した。
これに対して、本件判決は、X主張の読み方と公定訳の読み方の2通りの読み方が可能であるとの認定をした上で、公定訳の読み方を「誤訳であると断じることはできない。」とした。
さらに、X主張の解釈によっても、X主張のように、商標法4条1項5号の適用範囲を狭めて本件の出願を「登録しなければならない」ものと解釈されるべきものではないとした。
4.本件では、何が問題だったのか
(1) 条約の解釈と国内法の関係
本件では、パリ条約の内容とこれを国内法化した商標法の規定の関係が問題とされた。その際、いわゆる公定訳と呼ばれるパリ条約の日本語訳が誤訳であると原告は主張したが、商標法の規定が条約の義務に反しているかどうかは、直接パリ条約本文との関係で判断されることは判決の通りである。
そして、本件で問題となったパリ条約6条の3(1)(a)の解釈については、2通りの読み方が可能であり、その場合には、どちらかの読み方に従った解釈であれば条約の義務には反しないとするのが本件判決の判断として示された。
この点で、パリ条約6条の3(1)(a)の国内法による対応として、我が国のように、正当な財産権者による出願でも登録を認めないとする規定を有する国もある一方で、正当な財産権者による出願の場合には登録を認めている国もある※5。
(2) ハラールマークの保護のあり方
本件では、裁判所が、我が国の商標法が、本件で問題となったハラールマークのような公的な商標については、私有財産を保護する商標法による登録という保護の在り方ではなく、何人にも登録させないという方法で保護することを規定していると判断した。
商標登録による保護がふさわしいか、登録を認めないことによる保護がふさわしいかは、両者の保護目的から考える必要がある。
本件のような公的なマークについては、私有財産と異なることから、財産権としての保護のあり方とは異なる方法が選択されることにも意味があるであろうが、その際には、登録による保護との違いが、公的なマークの保護に不利にならないことが求められよう。
そもそも、このような公的なマークの登録を排除するためには、出願された商標が、経済産業大臣により告示された記号等と同一か類似するかを判断することになるが、その際、類似かどうかを判断する基準は、商標法の解釈で使用されている基準にならざるを得ない。商標法において使用されている類似判断基準は、当然、財産権としての商標の類似を判断するものであり、理論的には、公的なマークの保護をはかる基準としてふさわしいかどうかについては不十分とされることもあり得よう。
なお、登録ができない、公的なマークを他者の使用から保護する方法については、不正競争防止法16条3項に定められており、罰則も定められている(同法21条2項7号。令和6年の改正法施行後は、同法21条3号7号。)。同法16条3項に反する行為に対して直接差止めや損害賠償請求が認められていないのは、「直接に保護するのは外国の威信等であるから※6」と説明される。ただし、これら公的なマークの使用が、別途、不正競争防止法2条1項20号の品質等誤認惹起行為にも該当する場合には、同法3条(差止請求)、同法4条(損害賠償請求)が認められる※7。
5.おわりに
地域名に由来する名称や商標が、商標法と地理的表示保護法により保護されるように、ある保護対象が複数の制度により保護が可能な場合がある。このような場合には、両方の制度による保護を求めるのか、どちらか一方による保護に期待するのか、財産権者自身が選択することになる。
他方で、本件のように、私的財産としての保護制度が用意されていない場合には、既存の制度の特徴を理解して、保護がおろそかにならないように対応する必要がある。
名称や商標を商標法により保護する場合には、権利者が自ら出願及び登録して、登録後は、侵害者に対して直接、訴訟提起等の対応をする必要がある。これに対して、本件のような公的マークに対する保護の場合、公的な機関を通じて情報提供をした後は、各国の担当機関の保護対応の動きに期待するしかないという間接的な関わりにならざるを得ない。
本件は、それぞれの法律が予定する保護法益が何かという点とも併せて、それぞれの法律のあり方を考えさせる好例である。
本件の保護法益は「外国の威信」と理解されているが、果たして本当にそうなのか。じつは、公的なマークを信用する需要者の利益がより重視されなければならないのではないか、そうであれば、そのような保護に最も利害関係を感じるのは、国ではなく、それらマークを直接管理する公的機関であったり、そこから利用を許諾された私人であるのではないか。
すでに成立している制度を立法により変えることのコストは非常に大きいため、本件判決の結論は仕方がないものであるが、保護のあり方がこのままで良いかどうかについては、少なくとも理論的には異論があり得る。
したがって、ある法制度が真に機能するためのあり方を考える機会を提供した点にこそ、本事件の意味があったものと評価している。
(掲載日 2023年11月13日)