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文献番号 2023WLJCC027
桃尾・松尾・難波法律事務所 パートナー弁護士※2
松尾 剛行
Ⅰ はじめに
「宮本から君へ」という映画(本件映画)の出演者の1人(本件出演者)がコカインを使用したとして逮捕され、有罪判決を受けたことから、日本芸術文化振興会は、本件映画に対する文化芸術振興費補助金による助成金(本件助成金)を交付しない旨の処分(本件処分)を行った。この事案について、最高裁は、日本芸術文化振興会の裁量権行使について表現の自由を踏まえて限定的に解した上で、本件出演者のコカイン利用等を理由とした本件処分を裁量逸脱・濫用とした。本事案は、直接にはいわゆる不祥事による自粛や「お蔵入り」の是非を扱ったものではないものの、出演者個人と作品の関係を考える上でも参考になると思われる。
Ⅱ 事案の概要と判決要旨
1 事案の概要
本件は、映画製作会社(上告人)が、独立行政法人日本芸術文化振興会(被上告人)に対し、本件映画の製作活動につき、文化芸術振興費補助金による本件助成金の交付申請をしたところ、被上告人から本件助成金を交付しない旨の決定(本件処分)を受けたため、本件処分の取消しを求めた事案である。本事案では、被上告人が、上告人に平成31年3月29日に本件助成金内定を通知したところ、同月12日に本件出演者が逮捕され、内定後の令和元年6月18日に有罪判決を受けたことから、被上告人は同年7月10日に、本件映画には有罪判決が確定した本件出演者が出演しているので「国の事業による助成金を交付することは、公益性の観点から、適当ではない」として、本件助成金を交付しない旨の本件処分をした。
2 判決要旨
最高裁は、本件助成金を交付すると一般的な公益が害されると認められるときは、そのことを、交付に係る判断において、消極的な事情として考慮することができるとした上で、一般的な公益が害されることを理由とする交付の拒否が広く行われるとすれば、公益がそもそも抽象的な概念であって助成対象活動の選別の基準が不明確にならざるを得ないことから、助成を必要とする者による交付の申請や助成を得ようとする者の表現行為の内容に萎縮的な影響が及ぶ可能性があると指摘した。そして、このような事態は、本件助成金の趣旨ないし被上告人の目的を害するのみならず、芸術家等の自主性や創造性をも損なうものであり、憲法21条1項による表現の自由の保障の趣旨に照らしても看過し難いとして、憲法21条の観点から、一般的公益を理由とする交付拒否が許される場合を制限的に解するべきだとした。その上で、一般的な公益が害されるということを消極的な考慮事情として重視し得るのは、当該公益が重要なものであり、かつ、当該公益が害される具体的な危険がある場合に限られるものと解するのが相当であるとした。
被上告人は、本件出演者が出演していることから、本件助成金を交付すると「国は薬物犯罪に寛容である」といった誤ったメッセージを発したと受け取られて薬物に対する許容的な態度が一般に広まるおそれが高いなどと主張した。しかし、最高裁は、本件出演者が本件助成金の交付により直接利益を受ける立場にあるとはいえないこと等からすれば、本件映画の製作活動につき本件助成金を交付したからといって、被上告人が上記のようなメッセージを発したと受け取られるなどということ自体、本件出演者の知名度や演ずる役の重要性にかかわらず、にわかに想定し難い上、これにより直ちに薬物に対する許容的な態度が一般に広まり薬物を使用する者等が増加するという根拠も見当たらないから、薬物乱用の防止という公益が害される具体的な危険があるとはいい難いなどとした。
以上を踏まえ、本件映画の製作活動につき本件助成金を交付すると、本件出演者が一定の役を演じているという本件映画の内容に照らし上記のような公益が害されるということを、消極的な考慮事情として重視することはできず、ほかに本件助成金を交付することが不合理であるというべき事情もうかがわれないから、被上告人は重視すべきでない事情を重視した結果、社会通念に照らし著しく妥当性を欠いた処分をしたものとして本件処分を取り消した。
Ⅲ 評釈
従前から、憲法上の権利という優越的法益に基づき行政裁量を縮減し、裁量統制のツールとすることができるとされていた※3。本判決は憲法21条1項による表現の自由の保障に照らし、被上告人が一般的な公益が害されるということを助成金交付の裁量判断に係る消極的な考慮事情とできる場合を限定している※4。
また、本件助成金を交付すると「国は薬物犯罪に寛容である」といった誤ったメッセージを発したと受け取られて薬物に対する許容的な態度が一般に広まるおそれが高いなどという被上告人の主張が否定されている。最高裁は、あくまでも助成金交付の文脈において議論をしているに留まる。もっとも、「本件出演者が本件助成金の交付により直接利益を受ける立場にあるとはいえないこと等からすれば、本件映画の製作活動につき本件助成金を交付したからといって、被上告人が上記のようなメッセージを発したと受け取られるなどということ自体、本件出演者の知名度や演ずる役の重要性にかかわらず、にわかに想定し難い」という最高裁の判断は、出演者個人と作品の関係を考える上でも示唆的であると考える。これまでも、出演者に不祥事があった場合において、その人の出演した作品そのものの公開が自粛されたり、公開が終了する等して、いわば「お蔵入り」になったりすることがよく見られた。しかし、出演者が反省し、その作品からの収入を寄付するなどと表明している場合※5であれば、作品を公開し、または公開し続けることが、作品の製作者や配給者等が出演者に利益を与えているという関係を生じさせるとは言えない。そうであれば、最高裁のいうところの、出演者が作品の公開によって、作品の製作者や配給者等から「直接利益を受ける立場にあるとはいえない」状況となっていると評することができる。よって、上記の最高裁のロジックからは、作品を公開し、または公開し続けたところで作品の製作者や配給者等が不祥事に寛容であるといった誤ったメッセージを表明するものではないと論じることも可能であるように思われる。このような点は、今後出演者が不祥事を引き起こした場合において、その作品を公開するかや、公開を継続するかの判断についても示唆的であると考える。
なお、本コラムは、本判決公開直後に執筆されたものである。今後評釈が公表されればWestlaw Japan上で集約・表示される予定であることから、これらを注視されたい※6。
(掲載日 2023年12月20日)