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判例コラム

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判例コラム

 

第319号 児童ポルノの「姿態をとらせ製造罪」と「ひそかに製造罪」の関係  

~最高裁第三小法廷令和6年5月21日判決※1

文献番号 2024WLJCC013
東京都立大学 名誉教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント
 令和4年7月の刑法改正により、性犯罪に大きな変化が生じている。 警視庁の不同意性交罪の認知件数が、前年の248件から396件に増加し、不同意わいせつ罪が、同じく639件から769件に増加した。そして、新設された性的姿態等撮影罪も470件検挙された。
 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ法」という。)の罪の内、児童ポルノに関する部分も、231件から257件に増えていると報告されている(警視庁)。そのような中で、最高裁は、児童ポルノ製造罪について注目すべき判示を行った。

    Ⅱ 事実の概要と原審の判断
  1. 1.本件の第1審判決は、就寝中の被害児童(当時10歳)に対する強制わいせつ、強制性交等未遂及び強制性交等の各犯行の機会に同児童に児童ポルノ法2条3項各号(Ⅳ・1参照)の、いずれかに掲げる姿態をとらせ、これをひそかに撮影するなどして児童ポルノを製造したという各児童ポルノ製造の事実について同法7条5項を適用した。そして、原判決も、この判断を維持した。
  2. 2.これに対し、弁護人は、原審判断は、大阪高判令和5年1月24日※2に反する判例違反があるとして、上告した。大阪高判令和5年1月24日は、児童に対する強制わいせつ、準強制わいせつ及び強制性交等の各犯行の機会に、同児童に姿態をとらせ、これを撮影するなどして児童ポルノを製造した場合には、児童が就寝中等の事情により撮影の事実を認識していなくても、児童ポルノ法7条4項の児童ポルノ製造罪が成立し、同条5項は適用されないとしていた。

Ⅲ 判旨
 最高裁は、以下のように判示して、上告を棄却した。
 「児童ポルノ法7条5項が、ひそかに児童の姿態を撮影するなどして児童ポルノを製造するという行為態様の違法性の高さに鑑み、同条3項及び4項の各児童ポルノ製造に加えて、処罰対象となる児童ポルノ製造の範囲を拡大するために制定されたという立法の趣旨及び経緯、並びに、同条4項、5項の各児童ポルノ製造罪の保護法益及び法定刑に照らせば、児童に姿態をとらせ、これをひそかに撮影するなどして児童ポルノを製造したという事実について、当該行為が同条4項の児童ポルノ製造罪にも該当するとしても、なお同条5項の児童ポルノ製造罪が成立し、同罪で公訴が提起された場合、裁判所は、同項を適用することができると解するのが相当である。そのように解さなければ、事案によっては、同罪で公訴を提起した検察官が同条4項の児童ポルノ製造罪の不成立の証明を、被告人がその成立の反証を志向するなど、当事者双方に不自然な訴訟活動を行わせることになりかねず、さらには、ひそかに児童の姿態を撮影するなどして児童ポルノを製造したことは証拠上明らかであるのに、裁判所が同条5項を適用することができないといった不合理な事態になりかねない。同項にいう『前2項に規定するもののほか』との文言は、以上の解釈を妨げるものではない。
 よって、本件各児童ポルノ製造の事実について児童ポルノ法7条5項を適用した第1審判決を是認した原判断は正当である。
 したがって、刑訴法410条2項により所論引用の判例を変更し、原判決を維持するのを相当と認めるから、所論の判例違反は、結局、原判決破棄の理由にならない。」

    Ⅳ コメント
  1. 1.児童ポルノ法7条は、「自己の性的好奇心を満たす目的で、児童ポルノを所持した者(自己の意思に基づいて所持するに至った者であり、かつ、当該者であることが明らかに認められる者に限る。)は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する」とし、「自己の性的好奇心を満たす目的で、第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管した者・・・・・・も、同様とする」と定めている。
     同条2項は、「児童ポルノを提供した者」を、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する(ネット等で、児童ポルノ情報を記録した電磁的記録その他の記録を提供した者も、同様とする)。同条3項は、2項の提供目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者にも、2項同様の刑を科する(同項の電磁的記録を保管した者も、同様とする)。
  2. 2.そして同条4項は、児童ポルノ製造罪を、「児童に第2条第3項各号のいずれかに掲げる姿態※3をとらせ、これを写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより、当該児童に係る児童ポルノを製造した者」と定め(以下「姿態をとらせ製造罪」という。)、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。
     それに加え同条5項は、「前2項に規定するもののほか、ひそかに第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより、当該児童に係る児童ポルノを製造した者」(以下「ひそかに製造罪」という。)も、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する※4
  3. 3.本件の争点は、弁護人の主張した、「ひそかに製造罪」は、「姿態をとらせ製造罪」に該当しない場合に限って成立するという主張の当否である。
     「熟睡中の児童に、陰部(茎)を露出する姿態をとらせ、ひそかに、撮影した場合」は、行為者の行為によって児童が姿態をとるに至った面がある以上、「姿態をとらせ製造罪」に該当するといわざるを得ない。「姿態をとらせ」の意義については、行為者の言動等により、当該児童が当該姿態をとるに至ったことをいい、強制によることを要しないとされており※5、児童において、撮影されていることを認識していなくても、「姿態をとらせて製造した」に該当するものと考えられる。
     問題は、被告人の行為が「姿態をとらせ製造罪」に該当するとしても、なお「ひそかに製造罪」に該当し得るか、同罪で公訴が提起された場合、裁判所は、同項を適用することができるかにある。
  4. 4.大阪高判令和5年1月24日※6は、原審が、「ひそかに、児童の陰茎を露出する姿態、その陰茎を手指で触る姿態、又は、児童の陰茎を口腔内に入れる姿態をとらせ、動画撮影して保存し、児童ポルノを製造したなどと事実」を認定し、そのうち児童ポルノ製造罪については、児童ポルノ法7条5項等を適用するなどして、起訴状どおり、「ひそかに製造罪」を適用するなどしたのに対し(ただし、被害児童が就寝中等ではなかった各事実については、公訴事実のとおり、「姿態をとらせ製造罪」を認定した。)、「原判決がひそかに製造罪の成立を認めた事実」については「姿態をとらせ製造罪」が成立するとし、「ひそかに製造罪」を認めたことには法令適用の誤りがあるとして、原判決を破棄した。
  5. 5.たしかに、一つの行為に適用可能な複数の構成要件が存在し、それらが相互に両立し難い場合、それらの内の一個のみが適用される法条競合(択一関係)が認められている※7。そうだとすれば、「姿態をとらせ製造罪」該当性を認めた行為に「ひそかに製造罪」が成立することはあり得ない。しかし、「熟睡中の児童に、陰部を露出する姿態をとらせ、ひそかに、撮影した行為」を、「ひそかに製造罪」に該当するとして公訴を提起し、それに対して、「ひそかに製造罪」の成立を認める判断が、違法となるかは、別個の問題である。
  6. 6.「ひそかに製造罪」の立法時の説明は、新たな構成要件を設定することにより処罰範囲を拡大するもので、既存の「姿態をとらせ製造罪」の構成要件の成立範囲に影響しないとされ※8、その趣旨を明確にするため、法文上も「前2項に規定するもののほか」と規定したとする。そうだとすれば、「姿態をとらせ製造罪」に該当しない場合のみ成立するものと解されるように見える。
     ただ、法改正の実質的理由が、「通常の生活の中で誰もが被害児童になり得ること」や、「発覚しにくい方法で行っている点で巧妙であるなど、行為態様の点で違法性が高く、児童の尊厳を害する行為である」という点にあり、児童を性的対象とする風潮が助長され、抽象的一般的な児童の人格権を害する行為であることも強調されていたのである※9。このような問題に対応するために「ひそかに製造罪」が新設されたとする。そうだとすれば、「二つの構成要件のいずれに該当するかが明白でない以上、『疑わしきは被告人の利益』として、ひそかに製造罪は成立し得ない」とする解釈が、立法の趣旨に合致するとは思われない。
  7. 7.そこで、最高裁は、「児童に姿態をとらせ、これをひそかに撮影するなどして児童ポルノを製造したという事実について、当該行為が同条4項の児童ポルノ製造罪にも該当するとしても、なお同条5項の児童ポルノ製造罪が成立し、同罪で公訴が提起された場合、裁判所は、同項を適用することができると解するのが相当である」と断じたのである。「ひそかに児童の姿態を撮影するなどして児童ポルノを製造するという行為態様の違法性の高さ」という実質的視点から、「同項にいう『前2項に規定するもののほか』との文言」に基づく形式的解釈論を退けたのである。
  8. 8.そして、最高裁はさらに踏み込んで、熟睡中の児童の陰部を露出する姿態等をとらせてひそかに撮影した行為に、「ひそかに製造罪」の成立を認めなければ、「事案によっては、同罪で公訴を提起した検察官が同条4項の児童ポルノ製造罪の不成立の証明を、被告人がその成立の反証を志向するなど、当事者双方に不自然な訴訟活動を行わせることになりかね」ないとし、さらには、「ひそかに児童の姿態を撮影するなどして児童ポルノを製造したことは証拠上明らかであるのに、裁判所が同条5項を適用することができないといった不合理な事態になりかねない」と判示した点が注目される。刑法の解釈論では、「手続の視点は当然重視している」としつつも、刑法条文の形式的文言解釈を重視してきた面があることは否めない。しかし、法解釈にとっては、「結論の実質的妥当性」もさることながら、「妥当な結論に辿り着き得る手続法的視点も含めた綜合的衡量」も、決定的に重要なのである。
  9. 9.本判決は、児童ポルノ製造罪に関する下級審の無用な混乱を除去するのみならず、妥当な実質的構成要件解釈を示したものとして、重要な判例といえよう。


(掲載日 2024年6月7日)



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