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第75回 バイオ医薬品と発酵産業

高島国際特許事務所※1
所長・弁理士 高島 一

前回、医薬品市場の中で抗体医薬が急成長を遂げていることを紹介した。逆の見方をすれば、従来型の(有機合成で製造される)低分子薬で新薬が出にくくなっているということだ。ヒトゲノム解読以来、「バイオ創薬」という言葉をよく耳にするようになったが、これには2つの意味合いがある。1つは、文字通り生物材料を有効成分とする医薬品(バイオ医薬品)開発であり、抗体医薬もこれに含まれる。もう1つは、医薬品が作用する標的として生物材料を利用する医薬品開発であり、この場合、実際に「くすり」になるのは低分子薬である。代表的な例として、名古屋大学で作製されたモデルマウスを用いて開発された糖尿病治療薬ピオグリタゾンが挙げられる。我が国では、大手製薬企業の多くが後者の意味でのバイオ創薬に重きをおいてきたが、ここにきて新薬開発が思うように進まず、現行の主力製品が来年以降に相次いで特許切れを迎える、いわゆる2010年問題がしばしば取り沙汰されている。一方、我が国において、前者の意味でのバイオ創薬を主に担ってきたのは、酒造メーカーに代表される、発酵分野において高い技術力を有する企業である。これは、我が国の伝統的な発酵産業の技術水準の高さを示すものといえよう。

日本は世界有数の発酵大国である。日本酒は醸造酒の中で最高のアルコール度数を誇る。麹による澱粉からブドウ糖への糖化と、酵母によるアルコール発酵とを同時に行う並行複発酵という醸造法のおかげだ。ビールは一旦麦汁を糖化した後で発酵を行うので、日本酒並のアルコール度数にしようとすると、糖度が高くなり過ぎて水飴状になってしまい、酵母が活動できない。また、かのパスツールがワインの腐敗を防ぐために低温殺菌法を考え出す300年も前から、日本では清酒の製造過程で「火入れ」と呼ばれる低温殺菌が普通に行われていた。仮にパスツールが低温殺菌法の特許を日本に出願しても、公知公用で拒絶された可能性が高いというわけだ。

最近知ったことだが、世界文化遺産にも登録されている合掌造り集落として有名な五箇山・白川郷は、江戸時代、加賀藩の秘密の軍需工場だったそうだ。この地方の農家では、爆薬の原料となる硝酸カリウム(塩硝)を発酵により製造していた。囲炉裏端に穴を掘って藁や枯草を敷き詰めた上に鶏や蚕の糞を混ぜた土を入れ、人尿をかけて土をかぶせ、これらを何段も積み重ねて、囲炉裏の熱で4~5年かけて発酵させるというやり方で、糞尿に含まれる尿素から、微生物の分解作用によりアンモニアが生成し、これが硝化菌により酸化されて硝酸となり、植物中に多量に含まれるカリウムと結合して硝酸カリウムができるというメカニズムだ。古民家の床下の土から塩硝が採れることは古くから知られていたが、含有量は低く、一回採取したら次に採取できるまでに10~20年を要したのに対し、この培養法によれば、6年目以降、毎年大量の塩硝を生産できたという。西洋でもこれに似た方法(穴の中に敷くのではなく、小屋の中に積み上げて発酵させていたので、硝石丘法というらしい。)は用いられていたが、それが日本に伝わったのは幕末のことであるから、たとえ硝石丘法が日本で特許されていても、五箇山の農家の人々は先使用の抗弁が可能であり、引き続き塩硝の製造を実施できたことだろう。

このように、我が国のバイオ産業の基礎には伝統的な発酵産業で培われた大いなる遺産がある。それは単なる歴史的価値にとどまらず、バイオ医薬品開発型企業の「カルチャー(culture)」として息づいているように思える。

(掲載日 2009年9月14日)

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