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第185回 ADR機関は独り立ちできるのか

早稲田大学大学院法務研究科教授・弁護士
道垣内 正人

裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)は、2012年4月に施行後満5年を迎える。ADR法のもとで、法務大臣の認証を受け、手続中の時効中断効が認められる等の地位を享受し、「かいけつサポート」と名乗ることができるADR機関は既に100を超えている。

ADR機関には、業界型、士業型、その他がある。業界型ADR機関とは、家電製品PLセンター、自動車製造物責任相談センター、証券・金融商品あっせん相談センターなどがその典型例であり、特定の業界において発生するトラブルを対象に第三者機関として和解のあっせんを行うものである。筆者が運営の責任者となっている日本スポーツ仲裁機構もこの例である。次に、士業型ADR機関とは、弁護士会、司法書士会、行政書士会、土地家屋調査士会、社会保険労務士会など「士」が付く業種の中央又は地方の団体が主体となっているものである。民事紛争一般を対象とするもののほか、自転車事故、ペット問題、外国人の家族関係、境界画定、労働関係などの特定の紛争を対象とするものがある。その他のタイプとして、NPO法人などによるADR機関があり、医療事故、偽ブランド品、留学などをめぐるトラブルを対象としている。

ADR法附則2条は、「施行後5年を経過した場合」に、「法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」との定めがある。そこで、筆者が代表理事をつとめる日本ADR協会(略称、JADRA)は、約1年にわたってアンケートによる実態調査やワーキング・グループでの審議、それを踏まえたシンポジウムでの議論などを重ね、その成果をADR法改正に向けた「提言」にまとめ、このコラムが掲載される4月2日に法務省に提出する。

この検討作業の過程では、ADRの現場において各ADR機関が直面している実情や課題が浮き彫りになり、いろいろと考えさせられた。以下は、JADRAとは無関係な私的な思いである。

ADR機関の最大の問題は運営費である。もちろん、上記の3つのタイプで、また、同じタイプの中でもそれぞれに事情は異なる。とはいえ、団体の施設や人員の流用、他の事業活動からの内部補填その他により、ADR事業だけの数字が見えにくくなっているという事情はあるものの、ADR事業だけでは赤字である点では共通している。ADR機関の業務は、準備万端整えた上で、案件が持ち込まれるのを待つ仕事であり、経費のうち、固定費が大きな割合を占める。オフィスを賃借し、最小限の体制として、日々の事務処理を行う人員2名を置くだけにするとしても、年間1000万円はかかるであろう。

そうすると、年間20件の案件があるとすれば、事務局経費だけで1件あたり50万円となり、これに調停人報酬などが加算される。では、これが100件になれば、1件あたりの経費が10万円になるかというと、そうではない。2名の事務局体制では100件もの案件を処理しきれず、追加の人員を要することになるからである。

50万円を支払って不調に終わるかもしれない調停手続をしようという当事者はあまりいないであろうから、実際の調停費用は、5000円から10万円程度であり、1万円以下のところが多い。ということは、ADR業務は赤字になるのが当然である。

にもかかわらず、「紛争の当事者の自主的な紛争解決の努力を尊重しつつ、公正かつ適正に実施され、かつ、専門的な知見を反映して紛争の実情に即した迅速な解決を図る」ことが「国民の権利利益の適切な実現に資する」という理念や、「国は裁判外紛争解決手続についての国民の理解を増進させるように努め」るという国の後押しがADR法に明記されていることから(3条・4条)、ADRの関係者はそれに惑わされ、ADRに対する国民の理解が得られれば、いつかADR業務は独り立ちできるようになると考えている節があるように見受けられる。

しかし、現実を見つめれば、ADR業務の黒字化はあり得ない。このことを見定めて、さてどうするかを考えるという発想の転換をする必要がある。裁判所の予算の一部をADR機関に回すという政策判断をするのか、それとも、ADR自体は公益的サービスであって、それに携わる民間ADR事業者は、紛争の円滑な解決による業界全体としてのコストダウン、関係業界のイメージアップ、関係士業への信頼の獲得などの別の目的達成のための手段と割り切るのか、そこはこれからの議論であるが、ADRへの幻想から目を覚まし、現実的な方策を検討すべきである。

 

(掲載日 2012年4月2日)

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