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判例コラム

 

第175号 キリンコーンは、麒麟のコーンか?キリンさんのとうもろこしか? 

~知財高裁平成31年3月12日判決※1

文献番号 2019WLJCC020
金沢大学 教授
大友信秀

1.キリンをめぐる商品と商標

 昭和40年から販売されていたキリンラーメンが、平成30年にキリマルラーメンへと名称を変更した。これは、キリンラーメンを製造してきたA社(愛知県)がキリンラーメンを商標登録しないまま使用してきたことにより、継続して使用することができなくなったためである。A社は、キリン株式会社がラーメンを含む商品区分第30類について有していた商標※2の不使用取消審判を求めたが、キリン株式会社のグループ会社がライセンスを受け「穀物加工品」である「きのこがゆ」にキリンの商標を取得していたことが認められ、取消しは認められなかった※3。不使用取消審判が求められたことからすると、A社とキリン株式会社との関係が友好的なものであったとは考えられず、A社が一定期間(平成10年から12年の約2年間)製造を休止していたことから先使用権を主張することもできなかった。キリンラーメンの名称変更は、このような事情によるものであった※4。しかし、仮にA社が不使用取消審判を求める前にキリン株式会社にライセンスを求めてきた場合にキリン株式会社としてこれを認めることがブランド管理上容易であったろうか。
 以下のキリンコーン商標に関する事件は、有名ブランドの管理と独占が認められる範囲に関して参考になるため、紹介する。

2.キリンコーンは麒麟のコーンか?キリンさんのとうもろこしか?

  1. (1) 事件の概要と判旨※5
     第31類とうもろこしを指定商品とする「キリンコーン」商標(以下、本件商標という。)※6について無効理由がないとした審決(以下、本件審決という。)を取り消したのが本件判決である。原告はビールメーカーとして著名なキリン株式会社であり、「キリン」の文字からなる商標(以下、引用商標という。)を有している。被告は近隣にある旭山動物園にちなんで名付けられた「ライオンコーン※7」、「白くまコーン※8」、「キリンコーン」、「象もろこし」という各種の「とうもろこし」を販売していた。
     知財高裁は、本件商標が「キリン」と「コーン」からなる結合商標であるとして、指定商品であるとうもろこしを示す「コーン」の部分を除いた「キリン」の部分が識別力の高い部分であるとして、引用商標との類否を判断した※9。引用商標と本件商標との類否判断について、本件審決は、本件商標が茶色と黄色で表示されていることから、「キリン」の文字部分は、「ウシ目キリン科のほ乳類」のみを表すとして、「中国で聖人の出る前に現れると称する想像上の動物」である「麒麟」を観念させる引用商標との類似性を否定した。これに対して、知財高裁は、想像上の動物である麒麟の色彩についてははっきりと定まっているわけではないことから、現実の動物のキリンだけではなく想像上の動物の麒麟の観念を生じさせないとはいえないとした上で、称呼や文字の外観は同一であり、第31類の「とうもろこし」の需要者には一般消費者も含まれるため、本件商標と引用商標の出所について誤認混同を生ずるおそれがあるとした。
     また、被告が主張した取引の実情(「かに太郎」との販売者名の表示がなされていたり、キリンコーンがライオンコーンなどと共に販売されており、旭山動物園にちなんで名付けられたものであることがうかがえること)については、①「現在の販売形態について主張するものにすぎず、一般的、恒常的な事情とまではいい難い」、②「販売されている商品について、その生産者・製造者と消費者への最終的な販売者が異なることがあり得ること」、③「(被告の)ウェブサイトにおいて…『キリンコーン』…とのみ表示した『とうもろこし』の写真が掲載されていること…や本件指定商品の需要者が一般消費者であって、かつ本件指定商品が比較的安価なものであること」等から、誤認混同のおそれを否定する理由と認めなかった。
     さらに、商品としての、被告の「とうもろこし」と原告の「米等の穀物」、「穀物の加工品」、「野菜」、「冷凍野菜」等との類否については、第31類の「とうもろこし」が「野菜」としてのとうもろこしと「穀物」としてのとうもろこしの両者を含むとした上で、本件指定商品の範囲が穀物としてのとうもろこしに及ばないとはいえないこと、穀物取扱業者であっても加工品等(冷凍とうもろこし、加工済みスイートコーン、炒ったとうもろこし等)を販売することがあり得ることから、引用商標の各指定商品と類似することを認めた。
  2. (2) 事件の評価
     本件では、原告がとうもろこし自体を販売していないことは裁判所も認めているが、原告商標及びその指定商品と被告商標及び指定商品が出所の混同が生じるおそれがある程度に類似することが裁判所によって認められた。
     本件審決では、被告商標の外観及び観念が原告商標と類似しないとされたが、本件判決では、審決とは異なる判断がなされた。本件で問題となった商標は、ほ乳類として現実に存在している動物とそれとは異なる想像上の動物の両者を指す名称として使用可能なものであった。本件の具体的事実を踏まえると、被告の販売態様(ライオンコーンや白くまコーンと共に販売していたことから、キリンコーンが動物園と関係するほ乳類のキリンであることが理解できる態様で売られていた)やキリンコーンの文字が茶色と黄色で描かれており、ほ乳類のキリンの色を想像させるデザインであった点※10等、被告と原告の商標間には概念の相違を裏付ける条件がある程度揃っていたといえる。
     本件判決が取り立てて特別な判断を行ったわけでないことは、本稿でも紹介している専門家の判例解説※11でこれまでの判例基準に沿っていることが示されているとおりである。それでは、特許庁の審決と裁判所の判断が異なったのはなぜであろうか。裁判所は、特許庁に比べ、商標そのものの判断(称呼、外観、観念)に加え、商標が付された商品が流通する過程での需要者による誤認混同に関する幅広い事情を判断する傾向がある。このことは、特許庁が、場合によっては、出願されただけでまだ使用されていない商標を形式的に判断することが多いのに対して、裁判所は、すでに使用されて一定の事実が蓄積された状態で判断することが多いところにその理由を求めることができる。裁判所が、被告主張事実を認めながら、被告の現実の使用状態に留まらないより広い使用可能性を考慮して誤認混同の可能性を認めたのは、本件商標が現在被告が使用している現実の動物に対してのみならず、将来は想像上の動物に使用することもできることを考慮したものであることは明らかである。
     商標はいったん取得してしまうと、商標自体が示す内容と商標が指定する商品の範囲で独占権を行使できることとなる。仮に、現在の使用状況において、権利者を異にする商標が使用範囲で重なっていなくとも、その可能性がある場合には、将来、需要者がそれら異なる商標の付された商品について出所を混同することになってしまう。このため、将来にわたる使用態様の予測を商標と指定商品の両者について詳細に行うこととなり、本件判決のような結論になった裁判所の判断も理解できる。

3. 著名ブランドに触れる可能性がある名称を使用したい場合には?

 本件では、原告が著名なビールメーカーであり、一般消費者が「キリン」という称呼に触れた際に、原告を想起してしまう可能性も意識されていたと考えるのが素直である。したがって、原告が無名の主体であれば、本件とは異なる結論になった可能性も否定できない。
 著名な主体は、そのブランドを維持・管理するために、商標を取得することに注意するだけでなく、取得した商標が不使用取消しとなったり、他人の商標との関係で将来の使用範囲が限定されてしまうことにならないよう、適切な管理にも気を配っている。
 本件の原告に限らず、多くの企業は常に動き続ける市場に対応するため、多角化を進めており、その結果、保有するブランドと商標も多様な商品・サービスに使用されることになる。そのため、本件のとうもろこしのみならず、本件冒頭に紹介したラーメンのように様々な商品やサービスが自身の商標と関係することとなる。
 本件被告のように、著名な商標に触れる可能性のある商標を使用したい場合にはどうしたらよいのであろうか。自身の使用が先使用(商標法第32条)にあたらない場合には、ライセンスを取得する必要がある。また、著名商標の場合には、ブランド管理のため、簡単にライセンス許諾をしてもらえる可能性も低く、商品もしくはサービスの名称を変更することを考える必要もある。本件の場合でいえば、どうしてもほ乳類のキリンのイメージを使用する必要があったのであれば、キリンのイメージ(イラスト等)を前面に出して名称についても旭山動物園で実際に飼育されているキリンの種類を使用した「アミメキリンコーン」というように、結合商標の要部が「キリン」でなく「アミメキリン」になるようにしたりする工夫が必要であったと考えられる。
 いずれにしても、商標の世界では、現状だけを見た性善説ではなく、将来の可能性を意識した性悪説が妥当しているということを理解しておく必要がある。

(掲載日 2019年7月22日)

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