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文献番号 2024WLJCC001
広島大学法科大学院 教授
新井 誠
Ⅰ 事実の概要
北海道職員の給与に関する条例(以下「給与条例」という。)9条1項は、「扶養手当は、扶養親族のある職員に対して支給する」と規定している。また、同条2項は、「前項の『扶養親族』とは、次に掲げる者で他に生計のみちがなく主としてその職員の扶養を受けているものをいう」として、1号で「配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下同じ。)」と定めている。
また、地方公務員等共済組合法(以下「共済組合法」という。)2条1項は、「この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる」とし、1号で「職員 常時勤務に服することを要する地方公務員(後略)」、2号で「被扶養者 次に掲げる者(中略)で主として組合員(中略)の収入により生計を維持するものであつて、日本国内に住所を有するもの(後略)」をいうとし、後者では「イ 組合員の配偶者(後略)」を挙げている。そして、同条4項は、「この法律において、『配偶者』、『夫』及び『妻』には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとする」としている。
上記の条例・法には、婚姻の届出をしていないものの事実上婚姻関係と同様の事情にある者を配偶者に含む旨の規定があることから、同性パートナーを持つ北海道(元)職員(原告)は、在職中、自身もまたその場合に該当すると考え、次の2つの届出をした。1つは、給与条例に基づき、北海道に対して、同性パートナーを扶養親族とすることを前提とした扶養手当と寒冷地手当を求める届出である。もう1つは、共済組合法に基づき、地方職員共済組合に対して、同性パートナーを被扶養者とする届出である。しかし、いずれの届出も認定不可とされた。
元職員は、これらの措置はいずれも違法であるとして、北海道・地方職員共済組合(被告ら)に国家賠償法に基づく慰謝料等及びこれに対する遅延損害金の支払を求めたのが本件である。
Ⅱ 判決の要旨※2
請求棄却。
1.「給与条例や共済組合法は、『配偶者』、『婚姻関係』等について別段の定めを置いていないことから、これらの規定は一般法である民法上の婚姻に関する概念を前提として定められているものと考えられるところ、民法上の婚姻に関する概念を前提とすると、本件各規定は、法律上の婚姻関係と同視し得る関係を有しながら婚姻の届出をしていない者を、『配偶者』と同視し得る者として『扶養親族』ないし『被扶養者』に該当することとするものであって、すなわち、婚姻の届出をできる関係であることが前提となっていると解するのが自然である。そして、現行の民法において定められている『婚姻』は異性間に限られると解されるところ、給与条例や共済組合法において、民法とは異なって同性間の関係を含むとする明確な規定は見当たらない。そうすると、本件各規定における『事実上婚姻関係と同様の事情にある者』には、民法上婚姻の届出をすること自体が想定されていない同性間の関係は含まれないと解することは、現行民法の定める婚姻法秩序と整合する一般的な解釈ということができる」。
2.「原告は、本件各規定の『事実上婚姻関係と同様の事情にある者』とは内縁と同様の関係にある者と考えられる」として、「被告らは、憲法14条1項の平等原則によって、本件各規定の『事実上婚姻関係と同様の事情にある者』には同性間の関係を含むと解釈すべき職務上の法的義務を負っている旨主張する」ものの、「本件各規定は、原告主張のような『内縁関係』を要件とするものではなく、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を『配偶者』と同視し得る者として『扶養親族』ないし『被扶養者』に該当することとするものであって・・・本件各規定における『事実上婚姻関係と同様の事情にある者』に同性間の関係も含まれないと解するのが現行民法の定める婚姻法秩序と整合する一般的な解釈であ」る。
「扶養手当の支給及び寒冷地手当の増額支給の目的や、共済組合法の被扶養者に適切な給付を保障する趣旨等が、同性間の関係であっても当てはまる場合があるとしても、扶養手当の支給や寒冷地手当の増額支給が公的財源によって賄われ、また、共済組合法の各種給付も同様に公的財源を基盤としていること(共済組合法113条、113条の2)からすると、婚姻制度や同性間の関係に対する権利保障の在り方等について様々な議論がされている状況であることや、一部の地方公共団体において、本件各規定と同様の規定ぶりであっても同性間の関係を含み得るとして、柔軟な解釈や運用を試みる例があることを踏まえても、本件各規定における『事実上婚姻関係と同様の事情にある者』に同性間の関係を含むと解釈しなければならないという職務上の注意義務を個別の公務員に課すことはできない」。
Ⅲ 検討
近年、同性カップル間のパートナー関係にも婚姻を認めてほしいという要請が、当事者カップルから示されており、そのための訴訟が展開されている。そうした訴訟の判決のなかには、「婚姻」自体は男女間の異性婚を指すとしても、婚姻を選択できる異性間パートナー関係に比べて、婚姻のできない同性間パートナー関係については、婚姻に伴う法的利益が異性間の婚姻の場合と同様に享受できないことを違憲(憲法14条1項違反)とする判決も見られる(以下で触れる札幌地裁令和3年判決等を参照)。そのようななかで札幌地裁令和5年9月11日判決(以下「本判決」という。)は、婚姻ではない事実上のカップルのうち、異性カップルは婚姻と同様の一定の法的利益を受けられるのに対して、同性カップルはそれを受けられないことから、「異性間の事実婚(パートナー関係)」と「同性間の事実婚(パートナー関係)」との間の取り扱いの差異につき合理的か否かが問われる興味深い事例となっている。
1.憲法14条1項(平等原則)をめぐる議論の展開と判決の不在
本判決の理由を見ると、本件で原告は、北海道や共済組合が「憲法14条1項の平等原則によって、本件各規定の『事実上婚姻関係と同様の事情にある者』には同性間の関係を含むと解釈すべき職務上の法的義務を負っている旨主張」している。国家賠償法上の責任の認定を受けるために、被告らが法解釈の「職務上の義務」を負うか否かが争点になっているからか、本判決では、憲法14条1項に照らして不合理な差別となるか否かについての直接的判断が見られないものとなった。しかし、本件で根源的に問われるべきは、本件各規定の「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」には同性間の関係を含むと解釈しない運用をしていること自体が、平等原則を定める憲法14条1項に違反しないかどうか、ということであったように思われる。この点、本判決の内容を見る限り、「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」については異性間パートナーのみに適用することが一般的であるとの見解を判決は示していることから、その解釈を憲法適合的なものと捉えていることが推察されるが、法や条例解釈の「職務上の法的義務」があるかどうかの話に引き込まれたことで、「憲法」判断は回避された感がある。裁判所をもう少し憲法論へと誘う方法がなかったか、という印象が残る。
2.「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」と同性パートナーとの違い
そうした印象をもとにしつつ、「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」とは、「婚姻の届出をできる関係であることが前提となっていると解するのが自然である」とし、法的に婚姻の届出をできない同性カップルを「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」には該当しないとして、扶養手当等の届出不認定を妥当とした本判決について、以下3つの視点から私見を示したい。
その1つが、同性婚をめぐる札幌地裁令和3年3月17日判決※3のロジックとの比較から見たものである。同判決は、同性婚自体を憲法24条にいう「婚姻」には該当しないとしながらも、法律上の婚姻制度を利用できる異性婚者が得られる法的利益の付与について、法律上の婚姻制度を利用できない同性カップルとの間で、著しい不合理な差異があるとしている(憲法14条1項違反)。こうしたロジックを採用するのであれば、「婚姻の届出をできる関係が前提となっている」扶養手当制度の運用もまた、法律上の婚姻の届出をできない関係である同性カップルにとってみれば、法的利益の享受にかかる異性カップルとの間での著しい差異が生じることになる。そこで、法や条例の解釈義務の問題には留まらない法的利益配分レベルの話として、この問題を憲法14条1項違反へとつなげる論理が残っているはずである。しかし、本判決はそうした議論に全く触れることなく、憲法論としてあり得る可能性を閉じてしまっている。
次に、現在の関連判決のなかには、法律上の婚姻を利用できない同性カップルにつき、婚姻に準じる関係から生じるところの法律上保護された利益を認める場合も見られるにもかかわらず、ここではそうした理解を採っていないのはなぜかという点である。同性と事実婚関係にあった者たちの、一方の側による不貞行為を理由とした関係破綻をめぐって、もう一方の側から起こされた損害賠償請求訴訟事件で、1審※4、2審判決※5は、ともにこの関係を「婚姻に準じる関係」と認定をし、さらに最高裁※6も、その上告を棄却決定した事例が注目された。このように近年では、「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」とは、「婚姻の届出をできる関係であることが前提となっていると解するのが自然である」というほどまでには「自然」ではなくなってきているのではないか。そうなると、仮に本判決のように「本件各規定における『事実上婚姻関係と同様の事情にある者』に同性間の関係を含むと解釈しなければならないという職務上の注意義務を個別の公務員に課すことはできない」という結論を示すとしても、被告らがどのような考慮事項を具体的に挙げてどのような考慮をすべきか、という視点からの検証が判決理由のなかでもう少し示される必要があろうかと思う。もっとも、そもそも本判決の書きぶりが、異性婚制度を前提と考える解釈が「自然」とか「一般的」とかというように、本判決自体が、そうした考慮事項に目を向けることへの関心がないように見えるのが本判決の特徴であるともいえる。
さらに、もし裁判所が「婚姻」という法制度にこだわるのであれば、そもそも、婚姻制度を利用できるにもかかわらず、それを利用せずに「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」をなぜ法的に保護し、利益を付与するのかという点への説得的理由を改めて示さないまま、異性間関係のみにそれらを容認する点にも注目したい。たしかに事実上婚姻関係と同様の事情にある者については、伝統的に一定程度の法的利益の保護を図ることがなされてきており、それ自体、重要なことかもしれない。しかし、異性カップルにのみ婚姻あるいは婚姻をしていない事実婚状態の双方に(レベルは異なるものの)一定の法的利益を与えることになれば、それは、異性間関係には、法律上の婚姻で守られるべきもの以上の“何か”に保護を与えているとの感覚を生み出しかねない。その感覚とは、やはり未婚であっても“異性カップル”を優遇し“同性カップル”を二級市民に扱っているのではないかという懸念である。「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」について異性間と同性間とを区別することには、同性間の婚姻を法的制度として認めるか否かということとは少し異なる視点からの課題が含まれているように思われる。
(掲載日 2024年1月12日)