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文献番号 2024WLJCC004
青山学院大学 教授
山下 典孝
1.はじめに
本件は、典型的な狭義の人傷一括払の事案ではないが、最高裁判決が狭義の人傷一括払における自賠責損害賠償額の支払に関して言及した点において意義がある。また、人身傷害保険(以下「人傷保険」という。)の引受保険者(以下「人傷社」という。)が人身傷害保険金額(以下「人傷保険金額」という。)に相当する額を支払った場合でも、その支払の趣旨について別異に解すべき特段の事情が認められるときには、自賠責損害賠償額の立替払と解される余地があり得る点を示した点にも意義がある。ただし、特段の事情を認めるためには、後述の通り、現行の約款・重要事項説明書、協定書、保険金支払請求書の記載の変更や追加払の実効性確保のための態勢整備が必要となる。
2.事実の概要
Aは、平成28年5月2日、車道上に横臥していたところをY1(被告、被控訴人、被上告人)運転の普通乗用自動車によりれき過され、更にその約8分後、その場に横臥していたところをY2(被告、被控訴人、被上告人)運転の普通乗用自動車によりれき過されて、その後、死亡した(以下「本件事故」という。)。
本件事故によりAに生じた損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は、合計8285万2813円であり、Aの配偶者及び子の固有の損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は合計で650万円であった。X1、X2、X3及びX4(X1はAの妻、X2、X3及びX4はAの子である。原告、控訴人、上告人)は上記損害賠償請求権を相続した。Aは、本件事故当時、B損害保険株式会社(補助参加人、以下「参加人」という。)との間で、人身傷害条項のある普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用される任意自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結しており、上記条項に係る被保険者であった。本件保険契約に基づく人傷保険の保険金額は3000万円であった。
参加人は、平成28年9月6日、X1らに対し、8640円を支払った(以下、この支払金を「本件支払金1」という。)。また、参加人は、同年12月15日、X1から、「保険金のお支払についての仮協定書」(以下「本件仮協定書1」という。)を受領し、同月28日、X1らに対し、2999万1360円を支払った(以下、この支払金を「本件支払金2」といい、本件支払金1と併せて「本件支払金1・2」という。)。本件仮協定書1には、①参加人により支払われる保険金の合計が3000万円であり、これは自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険金額を含む旨、②今回支払われる保険金を受領することにより、本件事故を原因とするX1らのY1らに対する損害賠償請求権が上記保険金の額を限度として参加人に移転することを承認する旨、③参加人が自賠責保険への精算を行った後に、精算額を限度として最終協定を行うことを認める旨の各記載があった。
参加人は、平成29年5月24日、本件事故について、Y1との間で自賠責保険の契約を締結していた自賠社1から、損害賠償額の支払として3000万円を受領した。
参加人は、その後、X1から、「保険金のお支払についての仮協定書」(以下「本件仮協定書2」という。)を受領し、同年11月17日、X1らに対し、3000万円を支払った(以下、この支払金を「本件支払金3」といい、本件支払金1・2と併せて「本件各支払金」という。)。本件仮協定書2には、参加人により支払われる保険金の合計が6000万円であり、これは自賠責保険の保険金額を含む旨のほか、上記の②及び③と同様の記載があった。
参加人は、平成30年1月11日、本件事故について、Y2との間で自賠責保険の契約を締結していた自賠社2から、損害賠償額の支払として3000万円を受領した。
参加人は、本件各支払金の全額について、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払であるとして内部処理をしている。X1らと参加人は、本件仮協定書1及び本件仮協定書2に記載された最終協定を締結していない。
第1審※2及び第2審※3は、本件各支払金の支払は参加人が、Y1ら加入の自賠責保険に基づき自賠社が支払うべき自賠責損害賠償額の立替払をX1らに行ったものと捉え、X1らのY1らに対する損害賠償請求の額から全額6000万円の控除を認めた。これに対してX1らが上告したのが本件である。
3.最高裁の判断
(1)本件支払金1・2について
最一小判令和4年3月24日※4(以下「令和4年最判」という。)における判決理由を引用した上で、「他にその支払の趣旨について別異に解すべき特段の事情のない限り、人身傷害保険金として支払われたものと解するのが当事者の合理的意思に合致する」とする。そして、参加人がX1らに対して支払った本件支払金1・2の額の合計は、参加人が本件保険契約に基づいて給付義務を負うとされている人傷保険金額に相当する額であること、本件仮協定書1には、本件支払金1・2について、自賠責保険の保険金額を含む旨や、X1らのY1らに対する損害賠償請求権が本件支払金1・2の額を限度として参加人に移転することを承認する旨の記載があるものの、これらの記載は、本件代位条項※5を含む本件約款の内容も併せ考慮すると、参加人が人傷保険金の支払により本件代位条項に基づき保険代位することを承認する趣旨のものと解するのが相当であって、本件支払金1・2の支払について、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払であることを確認あるいは合意する趣旨を含むものと解することはできず、他に、そのような趣旨を含む記載があることはうかがわれず、そのほか、参加人が自賠責保険から損害賠償額の支払として本件各支払金の合計額と同額を受領したことや参加人における内部処理の状況を踏まえても、本件支払金1・2について、人傷保険金としてではなく、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたものと解すべき特段の事情があるとはいえないとした。
そして、本件支払金1・2は、その全額について、本件保険契約に基づく人傷保険金として支払われたものというべきであるから、参加人は、この支払により保険代位することができる範囲において、X1らのY1らに対する損害賠償請求権を取得し、これによりX1らは上記損害賠償請求権をその範囲で喪失したこととなる。したがって、本件支払金1・2については、X1らのY1らに対する損害賠償請求権の額から、参加人が本件支払金1・2の支払により保険代位することができる範囲を超える額を控除することはできない、と判示した。
(2)本件支払金3について
他方、本件約款によれば、参加人は、人傷保険金額を超えて人傷保険金を支払う義務を負わないから、本件支払金3は、人傷保険金として支払われたものでないことは明らかであり、前記事実関係等の下では、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたものというべきである、として、本件支払金3については、X1らのY1らに対する損害賠償請求権の額からその全額を控除することができる旨を判示した。
4.検討
(1)狭義の人傷一括払と広義の人傷一括払の意義
人傷保険契約に適用される約款所定の人身傷害損害額基準(以下「人傷損害額基準」という。)が保険金額を超過するため人傷社が人傷保険金額に上乗せする形で自賠責損害賠償額部分を加えて支払う場合を「狭義の人傷一括払」といい、人傷保険金額の範囲内で人傷保険金に自賠責損害賠償額部分を加えて一括して支払う場合を「広義の人傷一括払」という※6。
本件では、参加人がX1らとは最終協定書を締結していないため、事実上、人傷保険金の支払は行われていないことになるが、本件各支払金の合計額6000万円が人傷保険金額3000万円を超えて支払われていること、令和4年最判の判例法理に従えば、人傷社が人傷保険金として給付義務を負うとされている金額(3000万円)と同額(本件支払金1・2の合計額3000万円)を支払ったにすぎず、人傷保険金の支払という評価となることから、狭義の人傷一括払という位置付けとなる※7。
(2)狭義の人傷一括払の支払手続
狭義の人傷一括払においては、人傷社と保険金請求権者との間で仮協定書を締結し、先に自賠責損害賠償額部分の支払を行った後、人傷社が自賠社に対して支払済の自賠責損害賠償額部分の回収を行った上で、保険金請求権者と最終協定を行い人傷保険金の支払を行う方法での人傷一括払を行う人傷社がある※8。本件における参加人もこのような手続を進めていたようであるが、最終協定書が締結される前に、X1らがY1らに対して損害賠償請求訴訟を提起した若干特殊な事案となる。
人傷社が保険金請求権者との間で、仮協定及び最終協定という二段階の手続を踏んでいるのは、保険金請求権者に自賠責損害賠償額部分の立替払であり、人傷保険金の支払ではない点を理解してもらう点にあると考えられる※9。保険金請求権者が人傷保険金額を把握しておらず、加害者側も保険金額を把握しておらず、広義の人傷一括払と誤解し、判決や裁判上の和解をしたときには、精算関係をめぐり複雑な法律問題が生じることから慎重な対応が必要となる※10。
(3)本件支払金1・2の位置付け
令和4年最判の判例法理によれば、本件支払金1・2は、人傷社が人傷保険金として支払う給付義務を負うとされている金額と同額を支払ったにすぎないことになることから、人傷保険金の支払と評価されることになる。
令和4年最判の調査官解説によれば、人傷一括払合意が自賠責保険の重複てん補を回避する目的でなされていると仮定した場合でも、人傷一括払の説明を受けて人傷一括払の選択について同意・承諾しただけでは足りず、一概にはいえないとされるが、重複てん補を回避するためであることを説明した上で、判決又は裁判上の和解により認められた社会通念上妥当なものである被害者の損害額によれば、人傷保険金の支払額が不足していたことが判明したときには、追加払をする旨の説明をすることが必要となるのではないかと指摘されている※11。また令和4年最判での協定書の記載文言からは上記のような解釈を導くことはできないと指摘される※12。令和4年最判は、約款、保険金請求書、協定書等の記載内容を整理・改訂して過不足なく説明する方法を示唆するものと受け止める見解も示されている※13。そのため、約款、保険金請求書類、協定書の記載内容を改め、また人傷保険金額内での追加払を簡易に行う運営がなされるのであれば、令和4年最判の射程は及ばないと解する余地も残されることになる※14。
本件における仮協定書1・2の記載においては、人傷社が支払った金銭が自賠責損害賠償額の立替払であるか、人傷保険金そのものかの区別が明確化されておらず、保険金請求権者の合理的意思解釈等を理由とする限りは、特段の事情は認められないことになる。
(4)本件支払金3について
令和4年最判の判例法理は狭義の人傷一括払には射程は及ばないと解されており※15、本判決は本件支払金3について、その点を明確にした点に意義がある。
(5)約款・重要事項説明書等の変更の必要性
本判決及び令和4年最判は人傷一括払における人傷社、自賠社及び任意自動車保険の引受け保険者の認識とは異なる。
人傷一括払をめぐり様々な問題が生じている。人傷一括払制度を維持するためには、自賠責保険で損害てん補できる場合には、人傷保険との重複てん補をしないこと、判決又は裁判上の和解により認められた社会通念上妥当なものである被害者の損害額によれば、人傷保険金の支払額が不足していたことが判明したときには、追加払をする旨を約款、重要事項説明書、保険金請求書類等を用いて、人傷保険金支払手続の際に保険金請求権者に漏れなく説明し、かつ、追加払も簡易な方法を採れるという態勢整備を進めるしかないのではないか※16。速やかな対応が求められることになる。
(掲載日 2024年2月19日)