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第311号 吸収合併消滅株式会社の株主が吸収合併をするための株主総会に先立って
上記会社に対して委任状を送付したことが会社法785条2項1号イにいう
吸収合併等に反対する旨の通知に当たるとされた事例  

~最高裁第一小法廷令和5年10月26日決定※1

文献番号 2024WLJCC005
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 弁護士
龍野 滋幹

1.はじめに
 会社法は、会社が組織再編行為等の株主の利益に重大な影響を及ぼす一定の行為をする場合、それに反対する株主に、会社に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求する権利(以下「株式買取請求権」という。)を認めている。吸収合併等においても、吸収合併等を行う消滅株式会社等において、「反対株主」は、一定の要件を充足する場合には、株式買取請求権を行使できることとされている(会社法785条1項)。このうち、吸収合併等のために株主総会の承認を要する場合、株式買取請求権を有する「反対株主」たりうるためには、議決権を行使できる株主については、株主総会に先立って吸収合併等に反対する旨を消滅株式会社等に通知し(以下「反対通知」という。)、かつ、当該株主総会において当該吸収合併等について反対する必要がある(同条2項1号イ)。
 本件決定は、吸収合併消滅株式会社の株主が、株主総会に先立って吸収合併に反対する旨の委任状を会社に送付したことをもって、反対通知に当たることを認めた事案である。

    2.事案の概要と主たる争点
  1. (1)本件において、Y社(被抗告人)は、令和2年10月15日、非上場会社であるA社との間で、A社を吸収合併存続会社、Y社を吸収合併消滅会社とし、効力発生日を同年12月1日とする吸収合併(以下「本件吸収合併」という。)に係る吸収合併契約を締結した。

  2. (2)Y社は、同年11月13日に本件吸収合併に係る合併契約承認の議案(以下「本件議案」という。)について臨時株主総会(以下「本件総会」という。)を開催するため、Y社の株式7950株を保有するX(抗告人)に対して株主総会招集通知を発送するとともに、委任状用紙(以下「本件委任状用紙」という。)を同封して議決権の代理行使を勧誘した。
     本件委任状用紙には、宛先としてY社と印字されており、これに続いて「委任状」という表題の下に、「私は、______を代理人と定め下記の権限を委任いたします。」(筆者注:______は空白。)、「令和2年11月13日開催の貴社臨時株主総会及びその継続会または延会に出席して下記の議案につき私の指示(〇印で表示)にしたがって、議決権を行使すること。ただし、議案に対して賛否の表示のない場合及び原案に対して修正案または動議が提出された場合は、いずれも白紙委任いたします。」とそれぞれ印字され、さらにその下に本件議案について「賛」または「否」のいずれかに○印を付けて本件議案に対する賛否を記載する欄(以下「本件賛否欄」という。)が設けられていた。
     Xは、令和2年11月10日、議決権の代理行使の勧誘に応じ、本件委任状用紙を用いて、代理人として上記空白部分にY社の代表取締役の氏名を記載するとともに、本件賛否欄の「否」に○印を付け、その欄外に「合併契約の内容や主旨が不明の上、数日前の通知であり賛否表明ができません(合併契約書を表示して下さい)」との付記(以下「本件付記」という。)をするなどした委任状(以下「本件委任状」という。)を作成し、これをY社に対して返送した。
     令和2年11月13日、本件総会において本件合併契約を承認する旨の決議がされたところ、上記決議に当たり、Y社代表取締役は、Xの代理人として本件議案に反対する旨の議決権の行使をしたが、本件議案は可決された。

  3. (3)Xは、令和2年11月30日までに、Y社に対して株式買取請求権を行使し、Xの有するY社の全株式を公正な価格で買い取ることを請求した。しかし、XとY社において、価格の決定について協議が調わなかったため、Xは、価格決定の申立て(会社法786条2項。以下「本件申立て」という。)を行った。
     本件では、主たる争点として、XがY社に対して本件委任状を送付したことが、会社法785条2項1号イにいう反対通知に当たるか(すなわち、Xは「反対株主」に該当するか)が争われた。原々審(名古屋地裁)は、Xは「反対株主」ではなく、本件申立ては不適法で却下すべきとし、抗告審である原審(名古屋高裁)も抗告を棄却した。本件決定は、これに対する許可抗告事件である。

    3.争点に関する判断
  1. (1)原審においては、本件委任状は、代理人となるべき者に対して本件総会における議決権の代理行使を委任する旨の意思表示をした書面であり、本件賛否欄の「否」に〇印をつけた部分は、上記の者に対する指示であってY社に向けられたものであるということはできない、また、本件委任状の宛先がY社とされているのは、代理権を証明する書面が株式会社に提出されなければならないとされていること(会社法310条1項)からすると不自然ではない、さらに、本件委任状には「合併契約の内容や主旨が不明の上、数日前の通知であり賛否表明ができません(合併契約書を表示して下さい)」との本件付記があることからすると、本件吸収合併に反対する旨のXの意思が本件委任状に表明されているということもできず、したがって、XがY社に対して本件委任状を送付したことは、会社法785条2項1号イにおける反対通知に該当しないとされた。

  2. (2)これに対して、本件決定は、株式買取請求権の行使のために反対通知が要件とされている趣旨は、消滅株式会社等に対し、吸収合併契約等の承認に係る議案に反対する株主の議決権の個数や株式買取請求がされる株式数の見込みを認識させ、当該議案を可決させるための対策を講じたり、当該議案の撤回を検討したりする機会を与えるところにあると解されるとした。そして、本件のように、株主が株主総会に先立って吸収合併等に反対する旨の議決権の代理行使を第三者に委任することを内容とする委任状を消滅株式会社等に送付した場合、当該委任状が作成・送付された経緯やその記載内容等の事情を勘案して、吸収合併等に反対する旨の当該株主の意思が消滅株式会社等に対して表明されているということができるときには、消滅株式会社等において、上記見込みを認識するとともに、上記機会が与えられているといってよいから、反対通知に当たると解するのが相当であるとした。
     そのうえで、本件においては、本件委任状は、Y社が、Xに対し、宛先を自社とする本件委任状用紙を送付して議決権の代理行使を勧誘し、Xがこれに応じて、本件委任状用紙の各欄に記載をするなどして作成し、Y社に対して返送したものであり、そうすると、Xが本件賛否欄に記載したところは、代理人となるべき者に対して議決権の代理行使の内容を指示するだけのものではなく、上記勧誘をしてきたY社に対する応答でもあったということができ、本件委任状の送付は、Y社に向けて本件吸収合併についてのXの意思を通知するものであったというべきであるとして、本件賛否欄には「否」に〇印がつけられていたのであるから、本件吸収合併に反対する旨のXの意思が本件委任状に表明されていたことは明らかであるとして、結論として、本件決定は、XがY社に対して本件委任状を送付したことは反対通知に当たると解するのが相当であるとした。

4.考察
 反対通知の方法は、会社法において具体的に定められていない。もっとも、反対の旨は、会社に対する明示的かつ確定的な異議の表明である必要があると考えれば、会社がする委任状勧誘に対して当該定款の変更に反対する表示をして返送しても、その反対の表示は議決権行使の代理人に対する指示に過ぎないから、会社に対して反対の意思を通知したことにはならないことになる。以上のように、「会社に対する」意思の表明といえるかを厳格に解すれば、「否」と記載した委任状の送付は、反対通知に該当しないと考えられる。
 これに対し、本件決定は、「会社に対する」反対の意思の表明であるかをより実質的に考える立場をとったといえよう。本件決定においては、会社法が反対通知を要求する趣旨を、会社に対して吸収合併等の見込みを認識させ、今後の議案の対応を検討することができるようにすることにあるとしたうえで、委任状の送付が反対通知に該当する余地を認めつつ、(i)当該委任状が作成・送付された経緯や(ii)その記載内容等の事情を勘案して、「吸収合併等に反対する旨の当該株主の意思が消滅株式会社等に対して表明されているということができる」ときには反対通知に該当するという判断基準を呈示しており、判断基準として、「消滅株式会社等に対して表明されている」かを問題とする姿勢は維持しつつも、その判断を株主の実質的な意思に沿って柔軟に行おうとしているように思われる。
 なお、本件においては、本件付記をどう評価するかが、上記判断基準に基づく検討に際して問題となったが、(i)当該委任状が作成・送付された経緯や(ii)その記載内容等の事情を勘案すれば、本件の事実関係のもとでは、本件賛否欄に「否」と記載していることも踏まえ、Xが本件議案への反対の意思を明確に表明していると考えた本件決定の判断は妥当であったと思われる。
 今後の実務においては、会社による議決権の代理行使の勧誘に対して株主から反対の旨を表示した委任状が返送された場合、基本的に、反対通知として取り扱うべきと考えられるが、通知の宛先等も踏まえて、会社に対する意思の表明といえるかを実質的に判断していくことが求められることに留意されたい。なお、株主数が1000名以上である株式会社においては、議決権行使書面による議決権行使制度が義務付けられている(会社法298条2項)が、株主が会社提案に対して反対する旨の議決権行使書面を会社に対して提出する場合、当該議決権行使書面は反対通知に該当すると考えられるため、直截的には本件決定に係る問題が生じることは考えにくいであろうが、上場会社等における委任状勧誘合戦において委任状が反対通知に該当するかという問題が生じた場合においても、本件決定で示された判断基準は実質的に適用されるであろうから、その点からも本件決定は意義深いものといえる。

(掲載日 2024年3月4日)



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