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判例コラム

 

第312号 棋譜情報を配信する動画に対し著作権侵害を理由として削除申請をしたことの不競法違反等が問題となった事案  

~大阪地裁令和6年1月16日判決※1

文献番号 2024WLJCC006
桃尾・松尾・難波法律事務所 パートナー弁護士※2
松尾 剛行

Ⅰ はじめに
 棋譜の著作権法上の保護については諸説あるところ(Ⅲ・1・(2)参照)、これまで裁判所においてこの点が直接判断された事案は存在していないと思われる。本判決は裁判所が直接棋譜の著作物性について判断したものではないものの、問題となっている動画(後述Ⅱ・1の「本件動画」)が棋譜に関する「著作権を侵害するものではない」ことについて当事者間に争いがないとされ、それを前提に判断がなされたが、棋譜の保護について考える上で参考になるものと思われる。以下では、本判決の概要を紹介した上で(Ⅱ)、棋譜の保護(Ⅲ・1)及び動画プラットフォーム事業者の役割(Ⅲ・2)等について簡単にコメントしたい。

    Ⅱ 事案の概要と判決要旨
  1.   1 事実の概要
     原告はYouTube及びツイキャスにおける動画配信者であり、被告は囲碁将棋の実況中継を有料で動画配信する会社である。被告が配信する将棋の実況中継から得た情報を基に、原告は、将棋盤面に各対局者の指し手を表示する等する動画(以下「本件動画」という。)を配信した。これに対し、被告が著作権侵害を理由に、YouTube等の運営者に本件動画の削除申請をしたことから、原告は、このような被告の行為が原告に対する営業誹謗(不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項21号)や不法行為(民法709条)に当たる等として、著作権侵害である旨を告げることの差止めや損害賠償等を求めた。

  2.   2 判決要旨
     請求一部認容(被告の行う一定の行為の差止めや損害賠償を認めた)。
     上記Ⅰのとおり、本件動画が被告の有する棋譜に関する「著作権を侵害するものではない」ことについて当事者間に争いがないとされた。その結果として、本判決は、被告による削除申請が「虚偽の事実の告知」に当たり、原告の営業上の利益を侵害するとした。なお、営業上の利益の侵害の有無の文脈において、被告は「王将戦における棋譜利用ガイドライン」※3(以下他の棋戦におけるガイドラインも含め「ガイドライン」と総称する。)等を根拠に、原告の配信行為は、被告の有料で配信する棋譜情報に対してフリーライドする不法行為であって、だからこそ、被告は原告の営業上の利益を侵害していないと主張した。しかし、本判決は、「棋譜等の情報は、被告が実況中継した対局における対局者の指し手及び挙動(考慮中かどうか)であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報であると解される」(強調筆者)とした上で、ガイドラインは原告らの関与なく一方的に定められたもので、原告に対して法的拘束力を生じさせるものではなく、原告が本件動画配信において被告の棋譜情報を利用することは被告に対する不法行為を構成しないとした。その上で、本判決は、被告の一定の行為の差止めや損害賠償を認めた。

Ⅲ 評釈
  1 棋譜の保護について

  1.   (1)「原則として自由利用の範疇に属する情報」とされたこと
     上記Ⅱ・2のとおり、原告による棋譜情報の配信が棋譜に関する著作権を侵害しないことについては当事者間で争いがなく、本判決において、この点自体は争点とされていなかった。とはいえ、原告の配信行為が被告の権利又は法律により保護された利益を侵害して不法行為を構成するか(そして、だからこそ、被告による削除申請が原告の営業上の利益を侵害するものではないといえるか)の判断に際し、本判決は、「棋譜等の情報は、被告が実況中継した対局における対局者の指し手及び挙動(考慮中かどうか)であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報」と判示した。このような判断からは、本判決を下した裁判体として棋譜が著作物ではないと考えていることが窺われる。

  2.   (2)著作権による保護について
      ア 先行研究

     棋譜を対局者の共同著作物とする見解は加戸等古くから存在する※4
     しかし、福井は「プロの棋譜は基本的には「最も勝てる一手」を双方が追求した結果の産物であり、「無駄・遊び」を本質とする創作的表現とは言いづらい」として著作物性を否定する※5。単に最も勝てる可能性のある手をお互いに追求した結果であれば、理論上、選択の幅はなく創作性がないため著作物ではなくなるとされる※6。その他否定説として渋谷の「作成者の表現上の思想感情が盛り込まれているわけではないから、棋譜は事実の記録にすぎない」※7、同じく渋谷の「棋譜は、勝負の一局面を決まった表現方法で記録したものであるから、創作性の要件を欠き、著作物ではない。それは事実の記録であり、新聞などに掲載されているものは、事実の伝達にすぎない雑報(10条2項)と見るべきものである。」※8、岡村の「棋譜に記入された対局者の着手や指し手それ自体は、当該対局の勝敗に向けられた対局者のアイディアそのものなので、対局者による本法上の創作的表現とはいえない。記録者による棋譜への記入も表記方法に従った不可避的表現である。」※9等がある。
     なお、上野※10は、加戸に加え、渋谷等の否定説を引いて懐疑的な見方が有力と思われるとした上で、「棋譜の著作物性を否定する理屈もなかなか難しい」とし、①「思想又は感情」はもともと広く解されており、②棋譜ないし差し手が「表現」でないとも言い難く、③差し手に選択の幅があり、対局者の個性が発露し得るとも考えられるため「創作性」も否定し難く、④「文芸、学術、美術又は音楽の範囲」も「知的・文化的な包括概念の範囲に属するもの」と広く解されているとする※11

      イ 何の著作物性を検討すべきか
     ここで、棋譜の著作権が問題とされる場合において、何の著作物性を検討すべきだろうか。具体的には、例えば「△6三角」のような記号の記録物である「棋譜」なのか、それともそれによって記録されるところの「対局」そのものなのかが問題となる。
     1つの解釈は、対局と切り離された記号としての棋譜を著作物と見るべきではなく、対局が著作物で、棋譜がその複製物だ、というものである。この点について、伊藤※12は、アドリブ演奏を譜面に書き起こしたようなものという比喩を用いる。要するに、楽譜にある1つ1つの音符等が著作物なのではなく、それらの一連の音符が記録するところの楽曲こそが著作物である。そして、棋譜と対局の関係も、楽譜と楽曲の関係と同様だ、ということになるだろう。そのように解することの実務上の意味は、例えば「△6三角」という記号1つだけでは著作物にはならず、一定以上の長さの連続した手数の棋譜であることが前提となるということであろう。

      ウ 創作性の有無
     とはいえ、当然ながら、著作物性が認められるためには、そこに創作性がなければならない。特に、アイディアと表現の分離(アイディア・表現二分論)の観点からは、当該対局において、いかに対局者が素晴らしい戦法のアイディアを考え、その戦法が当該対局において現に利用されていても、創作性を根拠づけるものではないということが導かれる。
     伊藤はこの点について、「棋士は、プロ棋士に限らず、創作的に指し手を選択しながら対局を進めていることは疑うべくもないのだが、その創作性が表現上に発揮されているかというと疑問がある。棋士の創作性は、勝利の追求に向けられているのであって表現に向けられているものではない。」とする※13
     棋士は将棋AIと全く同じ対局を行うものではない。確かに、近時の対局中継において、将棋AIが導き出した「最善手」等は表示されるものの、それと同じ手が必ず採用されるのであれば、むしろ面白みがない※14。そして、一口に「勝利可能性の最大化」といっても、その実現のためには様々なルートがある。その意味では、選択の幅(なお、これが「表現の選択の幅」ではないことは次の段落参照。)がないとはいえず、様々な可能性の中から次の手を選び出しているとはいえるだろう。
     もっとも、その際にはあくまでもアイディアの側面での創意工夫が発揮されているに過ぎず、当該アイディアを実現する方法は、通常はその特定の盤面上において特定の手を指すことに集約されるので、表現における創作性はない(表現の観点からは選択の幅がない)ということになる可能性は高そうである※15

  3.   (3)不法行為による保護について
     仮に著作権による保護が不可能だとしても、不法行為による保護の余地はある。つまり、民法709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と規定しており、権利ではなくてもそれが「法律上保護される利益」である限り、それを侵害することが不法行為となり得る。
     そして将棋連盟の立場は、(著作権による保護を積極的に否定まではしていないものの)むしろ棋譜利用に関する「法律上保護される利益」を侵害する行為を禁止しようとしている、というものと理解される。すなわち、同連盟は、ガイドライン準備段階における公開質問に対し、「弊社団は日本の文化たる将棋の発展を目的としている団体であり、棋戦運営は事業の根幹を成すものです。棋戦を運営する前提として、弊社団及び主催社等には、棋譜の利用も含む営業上の利益を有しており、これは法的に保護される利益であると認識しております。」※16との回答を行っている。
     確かに、状況次第ではあるものの、有償で配信する棋譜が無断で公開・配布される場合の一部が、将棋連盟等の「法律上保護される利益」を侵害して、不法行為を構成する可能性自体はあるだろう※17
     ただ、少なくとも「法律上保護される利益」については侵害態様として侵害行為の不法性が一定以上強くなければならないという考えは実務上有力であり※18、その意味では、どのような棋譜の利用であっても当然に法律上保護される利益を侵害するものではない。例えば将棋ファンがSNS上で棋譜を呟くという態様であれば、当該法律上保護される利益を侵害する可能性は極めて低いように思われる。
     そして、現在公表されているガイドラインが、そのような観点から法律上保護される利益を侵害する可能性が高い場合を適切に切り出すものであるかは疑問がある。王将戦の棋譜利用ガイドラインに関する、「有償で配信している棋譜中継(動画含む)を、ほぼリアルタイムでYouTube等で再現して閲覧数を稼ぐ不埒なユーザがいたことへの対策だったと思われる。であれば、そういった「不適切な利用」を禁止するほか、個別的に許諾が必要になると思われる大量利用、商用利用のみを個別的許諾の対象にすればよかったはず。まさか、SNSでの指し手のつぶやきまでもが〔著者注:個別的許諾の〕対象になるとは思わなかった。」という伊藤のコメント※19は、このような趣旨のものであろう。
     そして、本判決はいわば「フリーライドは許されない」として原告の行為の不法行為性を主張する被告の立場に対して、具体的な状況下において不法行為を否定しており、かつ、上記(2)のとおり、棋譜を原則として自由利用の範疇ともしており、棋譜が不法行為により保護されるという立場に対しても重大な影響があるように思われる※20
     ここで、本判決において、リアルタイムでの指し手の再現という相対的に法律上保護される利益を侵害する可能性が高い方に属するのではないかとも思われる行為が適法とされ、かつ、本件に限らない一般論としても「原則として自由利用の範疇」とされたことは、不法行為による保護の余地が少なくとも広くはないことを示唆しているだろう。
     とはいえ、具体的な事案において棋譜情報の利用が常に法律上保護される利益を侵害しないと結論づけるべきではないだろう。この点を検討する上では、なぜ将棋ファンが被告等が有料で提供する番組等を視聴しているのか、その理由に占める棋譜情報のウェイトがどの程度大きいものであるか、被告等にとって棋譜情報を独占できることについてどこまで営業上の重要性があり、ひいては被告等が将棋連盟等にスポンサー料等を支払い、棋戦等が維持されることにつながるのかに関する主張・立証が重要であるように思われる。そこで、もし本件が控訴され、高裁で争われる場合、この点の主張が補足されることで、判断に影響があるかもしれない※21

  4.   (4)限定提供データによる保護について
     少なくとも対局が公開・放映等された後のプロ棋士の棋譜データについては営業秘密とはいえない。しかし、たとえ公知情報であっても限定提供データ(不競法2条7項)からは除外されていない※22
     すなわち、「業として特定の者に提供する」(限定提供性)、「電磁的方法」「により相当量蓄積され」(相当蓄積性)、「電磁的方法により」「管理され」(電磁的管理性)た「技術上又は営業上の情報」であれば限定提供データとして保護される(不競法2条7項)。
     伊藤※23は、棋譜情報も限定提供データに該当し得るものの、無料公開されているウェブサイトに掲載されているもの(限定提供性が否定される)や、動画として対局の様子を配信するだけで、棋譜データが電磁的に蓄積されている訳ではないもの(電磁的蓄積性が否定される)については限定提供データに該当しないとした上で、実務上の限定提供データに該当する棋譜情報として、連盟モバイルアプリ・名人戦棋譜速報(順位戦中継)で配信されている棋譜を例示している。
     とはいえ、同じ対局が動画中継され、そこから棋譜を書き起こして公表しているだけであれば、結果的にこれらの限定提供データに該当する棋譜情報と内容的に同じものであっても、侵害行為(不競法2条1項11号以下)には該当しないだろう※24。そして、本判決における原告の行為も、そのような動画中継から棋譜を書き起こすというものであり、限定提供データを理由として原告の行為を制限することには一定以上の難しさがあるように思われる。

  5.   (5)契約による保護について
     もちろん、当事者間の契約で、例えば、有料チャンネル視聴契約の中で、当該チャンネルを視聴する以上は、ガイドラインに従わなければならない等と規定していれば、かかる合意が一定範囲で有効性を有するだろう。
     しかし、被告のチャンネルは、例えばYouTube等のプラットフォーム事業者が標準で提供する「メンバーシップ」制度を利用しているため、その結果として、ガイドラインの遵守等を内容とする特約を入れることが困難という状況があるように思われる。この点は、まさにプラットフォームの寡占によって契約による保護に限界が出ている事案のように思われる。


  6.   2 削除申請等について
     虚偽の削除申請等が不法行為になり得ることは、いわゆる編み物YouTuber事件高裁判決※25等で既に明らかになっているところであり、本判決もこれと同様の結論に至っている。とはいえ、虚偽の削除申請等を受けた場合に、プラットフォーム事業者として何も考えずに削除するというプラットフォーム事業者の行為にも問題がある。特に、プラットフォーム上で動画を配信し続けられるか否かは動画配信者にとって死活問題であり、公正な手続きに基づき配信者の意見をも十分に確認した上で判断すべきである※26

     なお、本稿についてはシティライツ法律事務所伊藤雅浩先生にコメントを頂いた。この点につき感謝している。なお、本稿の誤りは全て筆者の責任である。

(掲載日 2024年3月8日)



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